メシア再び
あの日の俺という存在の一体何が、
トニーの気持ちを変えたのか.。
何故、彼が俺みたいな野郎に。
「チャンスを与えてみよう」
そんな気持ちになったのか。
正直俺にはわからなかった。
ただ俺がPAを持っていたから。
理由はそれだけかも知れない。
少なくとも、学校を出た俺にも色々あって。俺は、2度と以前の仕事に戻りたくない。警察絡みなんかで、面倒に巻き込まれるのも嫌だった。
それはトニーも同じだったはずだ。
彼の実家は、昔からそれなりの暮らしをしていた。市内で、小さな雑貨屋を営んでいた。
でも俺にしろトニーにしろ。未来に希望なんて感じる事なく。学校から外の世界に飛び出した。
つまり音楽がなければ。
俺たちは何者どころか。
どうしようもない存在だったんだ。
ビルがトニーをなだめて。
彼を説得してくれたんだ。
ビルクレイ。
俺がこれまで出会った人達の中で、最も優しい人かも知れない。
彼は俺たちよりも小柄で。
とても華奢な体に見えた。
やや癖のある栗毛。
この国の男は赤毛が多い。
アイリッシュ系だろうか。
まだ戯けない笑顔は少年のよう。
俺は初見で楽器が持てるのかと。
つい彼を見ていて心配になった。
しかしその杞憂はすぐに消えた。
ビルは素晴らしいドラマーだった。
彼の父親は、ジャズのセミプロで、本業は公務員をしていた。彼は幼い頃から、ずっと父親の側にいて。
ジャズに触れて育ったんだ。
とても地に足がついた性格。
しっかりしたリズムを刻む。
そのキープ力は正確無比。
ドラムプレイは彼の性格そのもの。
服装はギークと正反対。
執着がまるでないんだ。
俺たちのバンドが、初めて飛行機で移動した時も。彼は、飛行場にお父さんのお下がりのセーターを着て現れた。
両手に、皆の分の飲み物や、菓子が入ったビニール袋をぶら下げて。
彼は昔から.そういう人だった。
トニーが少し打ち解けてくれた。
それは彼のおかげでもあった。
俺達3人はバンの後部座席に座り、
タバコを吸いながら話した。
色々な話をして夜を過ごした。
刑務所のこと、マリファナでバンドがだめになったこと、指を切断したこと。学校にいた嫌な先生のこと、牛の殺し方、最近聞いたレコード。
今後の俺達について。
「まず、俺達に必要なのは…バンドの名前とベースが弾けるやつだ!」
トニーが言った。
「ベースの知り合いはいないな…」
ビルに心当たりがあるなら。
とっくに提案してるはずだ。
俺はトニーに提案した。
「リズム・ギターを弾くやつで、ギークってやつなら知ってるぜ!」
トニーとビルは顔を見合せ。
そしてほぼ同時に叫んだ。
「あのギーク・チェスターか!?」
2人の様子から「あのギーク」あのはけして良い意味ではないようだ。
「あいつは…どうかしてるよ」
ビルが首を振る。
「俺が最後に見た時、催眠光線に合わせて、なんか変な踊りを踊ってた…サイン会もやってたな」
「彼は…頭の中では既にロック・スターなんだ」
俺は言った。
そしてひとつも成功はしてないが。
バンドマンが皆知ってる業界人だ。
「いいことだと思う。彼は、ベジタリアンだから金がかからないし。会計士の資格も持っているんだ!」
トニーが深く頷いた。
「ピーターの言う通りかもな!お前の事…マッドって呼んていいか?」
「その方がいい」
「マッドの言う通りなら」
「ギークはいいやつだよ!」
「明日にでも、俺がギークの家に行って!彼にやる気があるか聞いてみる!」
うちには電話がない。
「俺たちが連絡していいか?」
「マッドの友達と伝えるさ!」
「ベースを覚えるのに、多少時間はかかるかも知れないが…ギターが弾けるなら問題ない。弦は4本しかないんだ」
手袋をはめた自分の右手を見て。
トニーは俺たちにそう言った。
指を無くして。
目的に縋りつき。
心まで無くしかけた。
彼の背中が呟いている。
俺はそんな気がした。
受難のキリストに電話して。
カフェで会う約束をした。




