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08. 最速のコード・リーパー

 マービンの殉職から、ほとんど間を置かずに国は動いた。


 欠けた枠は放置されず、殉職者が出れば後任を選抜する。それが、この殺し屋制度の前提だった。


 傷もまだ完全には癒えていないまま、タカセはその募集情報を見ていた。


 国家公認の殺し屋、コード・リーパー。世間から「ダークヒーロー」として親しまれているその仕事は、決して華やかなものだけではない。救出任務から過酷な任務まで、常に死と隣り合わせ。それに見合う報酬は破格で、一生金に困らないとも言われている。


 コード・リーパーのライセンスを取得できるのは、厳しい試験を通過した者だけ。


 だが──。


 その過程で知る情報はすべて機密に属する。選ばれなかった者は生かしておけない。


 漏洩防止。


 ただそれだけの理由で、殺される。だから試験は最初から決まっている。


──最後に残るのは、一人だけだ。


(……行くしかない)


 焦げた匂いも、崩れた影も。あの場所で見たものがまだ頭から離れていない。離れるはずがない。


 何も終わっていないのに、世界だけが忘れたように進んでいく。


 タカセは立ち上がった。


・


 試験は訓練場で行われた。そして想像よりも静かに始まった。


 説明は短くルールも簡潔。生き残れ。ただそれだけだった。


 最初の課題で脱落者は半分を超えた。次の課題で更に削られた。過酷な内容で、自害する者もいた。


 それでもタカセは止まらない。判断は速く、動きは無駄がなく、迷いがない。


──そのはずだった。


・


 試験での爆発音。その度にタカセの視界が一瞬だけ歪む。


 煙と炎が。崩れる天井が。焼けた仲間の姿がフラッシュバックする。


「……っ」


 動きが遅れる。ほんの一瞬だが、それは致命的になり得る遅れ。タカセは歯を食いしばった。


(ここじゃない、しっかりしろ)


 目の前にあるのは試験だ。あの日じゃない。それでも身体は、こびりついたように爆発の音と熱を覚えている。


 無意識に、手が震えていた。


「……っ!」


 タカセは自分の頬を殴り、強制的に意識を戻す。唇が切れ血が流れた。視界が戻る。


(──遅れるな。間に合わせろ)


 その迷いを、潰す。


・


 射撃試験。乾いた発砲音が休みなく響いている。


 一発。二発。三発。的の中心に穴が重なる。リロード、また撃つ。その繰り返し。


 周囲の受験者が手を止めても、タカセだけは撃ち続けていた。


「……もういい、次へ行け」


 試験官は言うが、タカセはそれを無視して引き金を引き続ける。


 ──ズレる。ほんの数ミリのその誤差に、タカセは舌打ちした。


「……まだだ」


(──こんなんじゃ、何もできない俺のままだ)


 連写の反動で手のひらの皮が裂け、血が滲んだ。それでも照準はぶれない。


(外すな。あの距離で、外したら終わりだ)


 一発、また一発。同じ穴に何度も撃ち込む。


「……もういい」


 試験官の声が、少しだけ変わった。


 タカセはようやく手を止め、銃を下ろす。手のひらは赤く濡れていた。


・


 状況が変われば、それに合わせて即座に最適解へ切り替える。


 側から見れば、天才、才能、最初から圧倒的な力がある。彼は特別なんだと思うだろう。


──だが、それは違う。


 遅れた一拍を何度も殺した。震えた指を無理やり止めた。その積み重ねの上に今の動きがある。

 

 実技評価は常に最高値。戦闘精度、反応速度、状況適応能力。どれも規格外。


 試験官たちは、途中から評価を書くのをやめた。


(記録が意味を持たない)


 誰かがそう呟いた。


・


 元々、センスはあった。


 だがそれだけでは説明できない何かがあった。ジョウの言葉がずっと残っている。


──お前は生き延びろ。


 その一言が重かった。生き延びるために何をすべきか、考えるより先に身体が動いた。迷うことは、死ぬことと同じだった。


 そして最後の試験が終わる頃。


 タカセはすでに通過者ではなくなっていた。


・


 雨上がりの石床が黒く濡れている。


 訓練場を出る際、condorとすれ違った。あの日ラボで話した以来だった。


 condorは短く笑った。


「.……生き残った気分はどうだ」


 視線だけがタカセを捉える。


「選ばれたと思うなよ。選ばれなかった連中が消えただけだ」


「……分かってる」


 タカセは短く肯定する。


「だから、消えなかった側だけで終わる気はない── 残った意味は、自分で決める」


 擦り切れた手のひらを握りしめた。痛みはもう警告ではなく決意の一部になっていた。


 どこか遠くで、教会の鐘が一度だけ鳴る。


・


 タカセは「最速のコード・リーパー」と謳われた。だがその肩書きは祝福でも何でもなかった。


 本部の廊下は驚くほど静かで、誰も彼を歓迎していなかった。値踏みするように、ただ彼を見ている。


(ここは、褒められる場所じゃない。──使えるかどうかを見る場所だ)


 そしてその評価は、まだ始まってすらいなかった。




【continue…】


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