09. crazy party
「こんなヒヨッコに、誰が依頼出すんだよ」
タカセに対する本部の声は露骨だった。
雨上がりの湿気が残る、コード・リーパー本部のメインホール。机の向こう側で書類が乱暴に叩かれる。
「実績もない。現場経験も浅い。話にならん」
空気がひと段階冷える。タカセは何も言わないまま立っていた。
最速のコード・リーパーと謳われていても、正面から見れば実績の無いヒヨッコという評価は正しい。
(──腹は立つが……事実だしな。今は耐えるしかない)
反論できる材料はまだ何ひとつないが、それでも胸の奥だけが静かに熱を持っていた。
その時。椅子がギッと小さく鳴った。
「まあまあ。そこまでにしときません?」
軽い声だった。張り詰めていた空気がわずかに揺れ、声の方に視線が集まる。
そこに立っていたのは、色素の薄い髪色をした男だった。
タカセと同年代に見える。どこか悪戯ぽく愛嬌が滲み出ている整った顔立ちとは裏腹に、所作は荒い。
男は書類の山をちらりと見て、肩をすくめた。
「コイツ、センスはありますよ。仕事も雑じゃない」
本部職員が目を細める。
「……グレイか」
空気が一瞬で変わった。先ほどまでの強圧がわずかに引いていく。グレイは気にした様子もなく続けた。
「俺が一緒にやるんで。任せてもらえませんか」
短い沈黙が落ちる。
「──グレイが出るなら好きにしろ。ただし失敗は許さんぞ」
本部職員は吐き捨てるように言い残し、その場を切り上げた。
グレイは軽く手を振って見送ったあと、ようやくタカセに目を向けた。
「マージで腹立つな、アイツ。悪りぃな。本部って毎回こんな感じなんだ」
タカセは一歩遅れて言葉を返す。
「……ありがとう」
そして続けようとする。
「俺の名前は──」
「知ってる」
被せるような声だった。タカセの言葉が止まったのを見て、グレイは薄く笑う。
「タカセだろ」
「……」
「最速の男。今ちょっとした有名人だよ」
軽い口調だった。皮肉でも悪意もない、ただ事実を口にしているだけの声。グレイは手を差し出した。
「俺はグレイ。よろしく」
差し出された手を握り返し、タカセはわずかに目を伏せる。
グレイは周囲を見回し、肩をすくめた。
「本部は嫌な奴が多いんだ。ラボに行こう。ここよりも空気はマシだ」
そして視線をタカセに戻す。
「俺の知り合いもいる。依頼の話はそこで詰めようぜ」
タカセはその言葉を、少しだけ飲み込むように受け止めた。そして静かに頷く。
「……わかった」
・
あの日ぶりのラボだった。
真っ白な廊下は記憶よりもさらに無機質に感じた。それなのに不思議と閉塞感は薄い。
理由はすぐに分かる。視界の端に色があった。
観葉植物。ガラス越しに揺れる緑。壁際には場違いなほど丁寧に手入れされた花が並んでいる。
白の中にだけ、意図的に生命が置かれていた。
すれ違う研究員達と軽く挨拶を交わす。グレイはそのままフリースペースを抜け、迷いなく奥へ進む。タカセも少し遅れてその背中を追った。
ある扉の前でグレイは足を止める。軽くノックを二回。
「──イノウエ。入るぞ」
返事を待たずに扉を開けると、中には白衣を着たあの時の女がいた。
「グレイ」
大きな水槽を抱えたイノウエは視線を上げ、次にタカセへ移す。そしてわずかに目を細めた。
「──タカセじゃん。本当にコード・リーパーになっちゃうなんてね」
軽い驚きと、軽い納得が混ざった声だった。
グレイが二人を交互に見る。
「知り合いか?」
「そんなところかしら」
タカセはイノウエが抱える水槽に目を向ける。中には人の首が入っていた。
肌の質感と沈んだ色が、精巧な人形ではないということを否定する。
口はあんぐりと開いたまま固定されていた。
まるで、最後に何かを言いかけたまま時間が止まったように。
「……随分と変わったものを持ってるんだな」
タカセの視線が首から離れない。その様子を見てもグレイの声色は変わらなかった、
「ああ、それ気にすんな。──イノウエはここの研究員。そして......」
「女医で解析員でもある。よろしくね〜」
イノウエは水槽を少し持ち直しながら、気の抜けた声で言う。
タカセは一瞬だけ黙って、小さく笑った。
「......噂通りだな。ここは」
イノウエは水槽を置き、目だけを向ける。
「噂通り?」
「まともじゃないってことだ」
「それはどうも」
イノウエは小さく笑って、そのまま視線を奥へ流す。
「──レイン、いるんでしょ」
部屋の奥、カーテンで仕切られたスペースがある。そこから細かい金属音が途切れなく響いていた。
「お〜い。返事しろ」
イノウエの声に、金属音は一瞬止まる。だがまたすぐに再開された。
次は、グレイがカーテンに向かって声を上げる。
「こいつがタカセだ。頼んでたやつ、できてるか?」
返事の代わりにカーテンが大きく開く。ゴーグルをつけた男が顔を覗かせた。
背が高く、どこか威圧的。作業服に通された白衣が無ければ、コード・リーパーだと疑ってしまう風貌だった。
「……いくらなんでも急すぎるだろ」
男は不機嫌そうに言いながらも、手元は止まらない。銃のスライドを外しパーツを机に並べていく。
「俺じゃなきゃ、普通にぶん殴られてるぞ」
不機嫌な声に、グレイは軽く笑う。
「特急便には慣れてんだろ」
グレイの声に男は舌打ちをひとつ。パーツを指で弾いた後、タカセへ視線を向ける。
「で、そいつが?」
グレイが顎で示す。
「こいつがタカセ。そんで、こいつはラボの研究員で武器技術者、レインだ」
レインはタカセを一瞥し、興味なさそうに言った。
「……最速の男、か」
それだけ言って、また銃に視線を戻す。
イノウエはタブレットPCから顔を上げながら、ため息を吐いた。
「そこの男共。レインがうるさくなるから、カーテンの向こうには近付かないでね」
「うるさくなるってなんだよ」
イノウエとレインのやり取りに、グレイが声を上げて笑う。
タカセは部屋に視線を巡らせた。
壁を埋め尽くすほどのモニターの数々。その先を色んな種類の末端や機械が繋がっている。
中央には、座り心地の良さそうな三人掛けの大きなソファが四つ。机には首が入った水槽と、書類の山。木箱に入ったお菓子と保温ポット、紅茶パックのセット。
カーテンで仕切られた向こう側の壁には工具が整然と並び、机の上には分解された銃の部品が広がっている。
一部屋に、色んなものが詰め込まれている。妙にチグハグした空間。
「……ここは」
その言葉に、グレイは肩をすくめた。
「俺ら、イノウエの部屋でよく集まってんだ。変な集団だろ?」
タカセは眉をひそめる。グレイは少しだけ考えてから適当に言った。
「大昔のクリエイターの共同住宅みたいなもんだ。トキワ荘。知ってるだろ?」
「何だそれは」
「昔、すげぇ奴らが一緒に住んでた場所。それをラボの一室でしてる」
グレイは軽く笑って続ける。
「……タカセの銃をレインに頼んでいる。俺らはレインの武器を使って、背中を預け合うってわけだ」
タカセはグレイのどこか楽しげな横顔を見た。助け舟を出す時ですら軽く、妙に迷いがない。
(読めない男だ)
「……俺のために、なんでそこまで」
タカセの声に、イノウエが小さく目を細める。
「グレイはね、世話焼きなの。病的に」
さらりとした断定。
その言葉の途中でレインが椅子から立ち上がる。タカセのホルスターを一度だけ見て鼻で笑った。
「……Pythonか。悪くない趣味だな」
「褒めてくれてるのか?」
「上々。だが、それ一本でやる気か? ここは当てる仕事じゃない。生き残る仕事だ」
グレイが横から軽く口を挟む。
「だから追加で頼んでたろ」
「ほらよ」
机の上に一丁の拳銃が置かれる。レインが調整を終えたばかりのものだった。タカセはそれを手に取る。
「……軽い」
タカセの声に、レインは少し自慢げに鼻を鳴らした。
「Glock 19だ。壊れにくいし、新人でも扱いやすい──死なないための一丁だ」
「レインの武器はラボで扱う規格のパーツと、こいつ独自の改造が混ざってる。生存率を上げるアイテムなのさ──」
その時だった。グレイの声を遮るようにサイレンが鳴る。
『緊急依頼』
『聖都市郊外・大型ショッピングモールにてテロ発生』
『現地治安機構、対応不能』
『ラボ所属コード・リーパーに通達。出動可能者は即時応答せよ』
空気が一瞬で切り替わる。
イノウエはモニターから目を離さないまま、キーボードに指先を走らせた。
「……モール内の監視カメラデータ、ハッキングできたわ。人質の数は約四十。それ以外は脱出できてるみたい」
「ここから現場への到着時間は?」
グレイの声に、イノウエは別の末端を操作する。
「十分もかからない」
「余裕だな」
グレイとイノウエのやり取りの隣で、レインはすでに視線を銃に戻していた。
「俺の銃は丁重に扱えよ」
「現場でそんなこと気にしてられるか?」
グレイはレインと軽口を交わした後、タカセを見る。
「行くぞ、タカセ」
タカセは銃を握り直す。
(……やってやるよ)
胸の奥で、静かに火が落ちる。
タカセの初陣は、もう目の前にあった。
【continue…】




