10. 初陣
モニターに映る文字の羅列に、温度は無い。
【緊急依頼】
聖都市郊外・大型ショッピングモールにてテロ発生。
・武装勢力による施設占拠
・館内に多数の民間人が残留
・現地治安機構による制圧は不可能
本件はコード・リーパー案件として処理する。
・民間人の生存確保
・避難誘導の補助
「──人質がいるのか」
タカセは拳を握りしめる。それとは対照的にグレイの声は軽い。
「コード・リーパーとしての仕事は?」
「はじめてだ」
「そりゃおめでとう。じゃあ、ルール確認な」
グレイは指を折る。
「人質優先。無駄な殺し禁止。でも詰んだら敵を全部吹っ飛ばす」
・
ショッピングモール内への潜入自体は容易だったが、問題はその先にあった。
一階フードコート。テロリストはそこに集結し、人質を前面に押し出したまま動かない。
事実上の膠着状態。
タカセは低く呟く。
「……人質が多すぎる」
正面突破は不可能な位置だが、狙えないこともない。
しかし、タカセは自分の判断を信じきることが出来なかった。ジョウを失ったあの日の記憶がこびりついている。
(──バカか俺は。動かないと間に合わないだろうが)
思考が止まりかけたその時。少し離れた場所から、グレイが軽く手を振った。
「タカセ、ちょっと来い」
「……?」
警戒しながら近づくと、グレイは無造作にショッピングカートの取っ手を握っていた。
嫌な予感がする。
「.......何する気だ」
「乗れ」
「は?」
「乗れ」
「いや意味がわからん」
「いいから早く。俺を信じろ」
タカセは渋々ショッピングカートに身を落とした。その瞬間、グレイは何の躊躇もなく取っ手を握り込む。そして──全力で押し出した。
「行くぞォォォ!!」
・
フードコート内に異質な振動音が響いた。テロリスト達が一斉に顔を上げる。
「……何だあれ」
テロリスト達は目を凝らす。
「何でこんなところに車両が……! いや! あれは人だ!!」
揺れる視界の中から突っ込んでくる影。ショッピングカート。その上でタカセは冷静に銃──Pythonを構えていた。
「おいグレイ。これ、戦術的にどういう──」
「うるせぇ! 揺れるから黙ってろ!!」
グレイは笑いながらさらにカートを押し込む。床を削るような勢いで距離が一気に詰まる。
そしてそのまま何の躊躇もなく──グレイ自身もカートに飛び乗った。
「ちょっ……おい! お前は降りろ!!」
「二人乗りだ!!」
「バカか! どう考えても定員オーバーだろ!」
カートは止まらない。混乱するテロリストの一人が叫ぶ。
「お、おい! 止まれ!!」
タカセとグレイへ銃口が一斉に向けられる。しかしその加速の中、タカセは的確にテロリストの武器を狙う。
一人目。乾いた音がひとつだけ響く。テロリストの銃が弾かれる。
二人目。わずかな揺れを読んで、引き金を絞る。手を撃ち抜く。
三人目。カートが跳ねる。それでも照準はぶれない。──発砲。武器だけが正確に弾き飛ばされる。
カートがそのまま柱の間をすり抜ける。陳列棚をスラローム、フードコートに突入。
「なっ! なんだ! お前ら......」
最後のテロリストが銃を構えた瞬間。タカセはその腕を目掛けて発砲。
テロリストは倒れた。
・
グレイがカートの速度を緩めると、二人の体がそのまま前方へ投げ出された。
「……いてて」
グレイが片膝をついて呻く。
「……は?」
フードコートに固められていた人質たちが一斉にざわめいた。恐怖とも困惑ともつかない視線が、転がる二人に集まる。
タカセは素早く立ち上がり、膝の埃を払った。
「グレイ、お前……」
「……成功だな、タカセ」
「どこがだ! クレイジーにもほどがある!」
「クレイジー?」
グレイは本気で不思議そうに眉を上げる。
「射撃の精度はお前の方が上だ。なら突っ込む手段としては合理的だろ」
「そういう意味じゃない! ここは遊園地じゃないぞ!」
二人のやり取りに、人質の一人が小さく吹き出した。それが合図だった。笑いがぽつぽつと広がる。
恐怖の色が消えたわけじゃない。けれどこの二人なら何故か助かる気がする。そんな空気だった。
タカセは一度だけ息を吐くと、膝を着き人質たちと目線を合わせた。
「……皆さん、ここから退避を。俺たちに続いてください」
グレイはその横顔を見て、ほんのわずかに口角を上げる。
「初任務とは思えないな。いい判断だ」
「──いいから真面目に働け」
タカセは即座に返した。
・
(──テロリストがあれだけとは思えない。急いで脱出だ)
タカセはそう思いながら、人質たちの誘導に入る。
その途中、泣きじゃくる子どもが目に入った。男の子。タカセは腰を落とし目線を合わせる。
「どうした。疲れたか」
「歩けないよ……」
ぐずる男の子に、そばにいた女性が慌てて声をかける。
「すみません……。お願い、頑張って……すぐだから……」
女性は自分の腹をそっと撫でる。妊娠していた。
タカセは一瞬言葉に詰まる。代わりの言葉を探すより先に、背後から声が落ちた。
「おい、坊主」
グレイだった。自然にしゃがみ込み、男の子と同じ目線になる。
「歩けるか?」
男の子が小さく首を横に振ると、グレイは短く息を吐いた。
「仕方ないな」
そのまま背中を向ける。
「ほら、乗れ」
そして、迷いがない動きで男の子を背に負った。軽く立ち上がるとタカセを見る。
「タカセ。俺は片手塞がった。いざって時は頼むぞ」
「おいっ、待て」
タカセは歩く人質たちに聞こえないよう、グレイへ耳打ちした。
「──グレイ。俺を過信しすぎだ。何かあったらすぐ対応できるか?」
──もし、また間に合わなかったら。
ジョウが炎に包まれたあの日が、嫌でもチラつく。厳しい試験と訓練で、恐怖は抑え込めたはずだった。それなのに、油断するとすぐにあの日の後悔と恐怖がタカセを飲み込もうとする。
「……俺は、前に一度だけ間に合わなかったことがあった。だから──」
タカセが拳を握ったその時。
「大丈夫だよ」
そんな杞憂を吹き飛ばすようにグレイは笑った。
「俺とお前だったら大丈夫だよ。信じろ」
「お前を?」
「俺の雑さを」
タカセはゆっくりと瞬きをする。そして小さく息を吐いた。
「……最悪だな」
グレイが笑う。
「今さら気づいたか?」
タカセは少しだけ視線を外して、言った。
「いや……悪くない」
・
出口は、もうすぐそこだった。
フードコートの先。崩れたガラス扉の向こうに外の光が見える。
インカムが無線を拾う。
『外には警察部隊が待機してある。人質は彼らに預けて』
ジョウのいない無線の声は、やけに事務的に感じた。
「了解」
タカセは即答し、振り返らずに伝える。
「皆さん! 出口はすぐそこです! 走ってください!」
その時。乾いた破裂音が響いた。次の瞬間には床が凄まじい勢いで抉れる。
「伏せろ!!」
グレイの叫びと同時に、銃弾がモール内を削っていく。残っていたテロリストたちが、最後の抵抗を始めたのだ。
タカセは即座にGlockを構え直す。
「皆さん、早く出口へ!」
そう言いながら撃つ。殺すためじゃない、止めるための射撃。弾道は敵の腕と武器だけを潰していく。
その横で、グレイが背負っていた男の子を下ろした。
「しっかり走れるな?」
涙目のまま頷く男の子を見て、グレイは軽く笑った。
「よし。兄ちゃんとの約束だ」
こつん、と拳を合わせ、背中をぽん、と押した。
「行け」
男の子は母親の手を掴み、走る。
次々と人質が出口へ流れていく。最後の一人が消えるのを確認した瞬間──
「下がれ!」
グレイが低く言った。タカセとグレイは同時に物陰へ滑り込む。コンクリ柱の裏。銃声が外をかすめていく。
タカセはリロードしながら吐く。
「数が多すぎる」
カチッ、とスライドが後退する音。空のマガジンが床に落ちるのと同時に、新しい弾倉が差し込まれる。
グレイは柱の影から軽く覗き込みながら笑った。
「乗るか?」
タカセはスライドストップを親指で弾く。カチッと、薬室に弾が送り込まれる音。
「……何にだ」
「絶叫マシン」
「カートは懲り懲りだ」
グレイは肩をすくめる。
「残念」
次の瞬間、タカセは天井のスプリンクラー装置を撃った。破裂音と共に天井から水が噴き出し、一気に視界が白く曇る。
「視界切るぞ!」
タカセの声に、グレイが口笛を吹いた。
「やるね、ルーキー!」
グレイはナイフを取り出し、そのまま飛び出す。
「タカセ! 三時、二人だ!」
「見えてる!」
タカセは短く返しながら、トリガーを二度引く。乾いた発砲音が連続する。
倒れる影の間に滑り込み、グレイはさらに前へ出て遮蔽物を蹴りながら距離を詰める。
「左抜けるぞ」
「了解」
二人の射線が交差しない形で重なる。
タカセが撃つ。その裏でグレイが動く。
グレイが止める。その隙にタカセが次を処理する。
グレイは水煙の中を駆け抜け、近距離の敵を一気に制圧していく。
拳とナイフが混ざる無茶苦茶な突破。だがそこには迷いが一切なく速い。その隙間を埋めるようにタカセが正確に撃ち抜く。
一人、二人、三人……崩れるように制圧が進む。
やがて、銃声が止まった。
・
静寂の中、水音だけがフードコート内に満ちる。タカセはゆっくり銃を下ろした。
「……終わったな」
グレイは肩で息をしながら笑う。
「派手だったな、初任務」
「お前のせいだろ」
「お前もなかなかだって」
空気は不思議と軽かった。生き残った、という重い空気では無く、やり切ったという感覚。
無線が鳴る。『現場制圧確認。人質全員無事。テロリスト全員確保』
ゆっくり息を吐くタカセを見てから、グレイは天井を見上げる。
「こういう仕事ってこと」
視線が重なる。そして、グレイはにやっと笑った。
「お疲れ、相棒」
タカセは、その言葉の重さを確かめるように一瞬だけ黙る。そして短く返した。
「……そうだな。相棒」
・
翌日の新聞の見出しは、大々的だった。
【カートに乗ったダークヒーロー誕生!】
【市民救出作戦! 若手のコード・リーパーコンビが制圧。市民の注目度は急上昇】
写真付き記事には、カートと笑っている二人の姿がぼやけて載っている。その横には、小さくこう書かれている。
※コード・リーパーは国家公認の特殊職業であり、ライセンス制で運用されています。
ラボ。
イノウエの部屋で、タカセはその新聞を無言で閉じた。隣ではグレイが紅茶を飲んでいる。
「なあ、タカセ」
「なんだ」
「次はもうちょいマシな乗り物にしような」
タカセは少しだけ考えてから、口元を緩めた。
「……考えておく」
グレイは笑った。
「いいね、それ」
その笑い方は、孤独と罪悪感でがんじがらめになったタカセの気持ちを少しずつ解くようだった。
どこか遠くで、鐘の音が聞こえる。
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