04. 赤い部屋
任務当日。
聖都市から離れた、山間部。廃墟とされた研究施設は想像よりも静かだった。
しかし内部では非常灯がところどころに残り、薄い光を点滅させている。
ジョウ率いる警察部隊とタカセ、マービンは、目的のモニタールームへ到着した。ネットワークはまだ脈打ち、データベースは生きている。
「これで終わりだな」
誰かの声に、ジョウは肩の力を抜いたまま続ける。
「案外あっさりだったな。拍子抜けってやつだ」
隣の隊員も笑う。
「あとは帰って報告して終わりだろ。早く帰って、酒でも飲むか」
「いいなそれ」
そのやり取りには緊張感が無く、任務後特有の生還の実感が空気を緩ませている。
マービンはキーボードに指を走らせ、淡々とハッキングを進めていた。
「大元のデータ、コピーと破棄完了。まもなく撤収するぞ」
マービンが指を走らせるところを、タカセは静かに見つめていた。
(──順調、すぎないか?)
武装はすでに展開されている。ジョウ率いる警察部隊は最低限の装備で、建物内へ慎重に進入していた。本来ならここには、もっと別の気配があるはずだった。
コード・リーパーの敵対戦力──ハウンドと呼ばれる、侵入者を潰すための非正規の武装集団。
ハウンドがいる想定の上で、この任務は組まれている。だが、その気配がまるでない。最初から戦う相手なんていなかったかのように、施設は静まり返っている。
タカセは歩きながら、周囲を見渡す。
(コード・リーパーが投入されるほどの、警戒レベルは高い任務のはずだろ……それなら、迎撃がないのはおかしい)
・
「……少し、気になるな」
誰にも届かないほど小さな声でタカセは呟く。笑い声の輪は少し離れた場所で続いていた。
タカセは周囲を見渡した。
モニタールームの奥。そこだけが、妙に“気になる”。
監視カメラの死角に、照明の届かない影が落ちていた。まるでそこだけ建物から切り離されているようだった。
吸い寄せられるように、足が勝手に動く。
「おい、タカセ」
ジョウの声が背中に届く。だが、タカセは止まらなかった。
ライトを点ける。
白い光が照らした先、腰を屈めないと通れないほどの低い隠し扉があった。
配線の隙間に埋もれるように存在しており、意図的に隠されているとしか思えない造り。
(なんだ、これは)
タカセは膝をつき、冷たい金属の扉に手をかけた。
ギィ、と錆びた悲鳴のような音を立てて扉が開いた瞬間── 空気の質が変わった。
隠し部屋の中は、異様な光に満たされていた。
赤い。
非常灯でも、警告灯でもない。ただ裸電球がそのまま剥き出しになったような、不気味な赤。
その光に照らされていたのは──壁一面の写真だった。何十枚、何百枚も貼ってある。年齢も国籍もバラバラの女性たち。
その隣に大量に貼られていたのは、白黒の“影”だった。
「──なんだ、この紙」
最初は、それが何なのか分からなかった。
濃淡だけで構成された塊。ぼやけた輪郭は、よく見るとひとつではないようにも見えた。
人のようにも見える。だが見る角度によって像は崩れる。黒と灰色が干渉し合い、どこからが境界なのか分からなくなる。
紙の端には、小さな数字と記号が規則的に並んでいる。それを見て初めて、タカセは医療記録の一部だと気づく。
その理解は安心には繋がらない。むしろ逆だった。
「……エコー写真?」
影の正体は、胎児。
異様な光景に、喉の奥が乾く。
(……なんだ、これ)
床が軋む音がやけに大きく聞こえる。
その異常さに気づいた瞬間だった。
【continue…】




