02. あなたは子どもだから
「グレイ、服を脱いで」
「なんでだよ」
「怪我の確認」
「怪我なんかしてねぇよ」
「だいぶ無茶したでしょ。見せて」
グレイは渋々、シャツを捲る。布が肌から離れる瞬間、空気がひやりと入り込んだ。
脇腹に擦り傷、背中には打撲痕。どれも致命的ではないが、放置すれば確実に痛みを増す類のものだった。
レイヴンはそれを見ても、眉ひとつ動かさない。ただ当然の事実として受け止めるように、無言で消毒液を取り出した。
(──まただ)
レイヴンはいつもこうだ。
自分の傷には無頓着なくせに、グレイの傷だけは、まるで見逃すことを許さないみたいに何度も確かめる。浅い傷も、すでに塞がりかけた痕も、一度見ただけでは終わらせない。
その視線の丁寧さが、時々ひどく落ち着かない。だから、それを誤魔化すためにグレイは口を開いた。
「なんで、ここまでするんだ?」
「何が?」
「オレのこと。なんでここまで心配するんだ?」
レイヴンはすぐには答えない。視線だけが一瞬、グレイの傷に落ち、それから消毒液の瓶へ戻る。その間の短い沈黙を経て、レイヴンが口を開いた。
「あなたが子どもだからよ」
迷いのない声だった。同時に、それ以上の説明を拒んでいるようにも聞こえた。
「なぁ、レイヴン」
「なに?」
「オレ、いつになったら殺していいんだ?」
空気がわずかに変わった。
レイヴンの手がほんの一瞬止まる。だが次の瞬間には、何事もなかったかのように指先が再び動き出していた。
(──今のは)
グレイが考えるより先に、レイヴンはピシャリと言い切った。
「そんな日は来ないわ」
グレイは不貞腐れたように、少し頬を膨らます。
「──なんで?」
「グレイには必要ないからよ」
「でもみんなやってる」
その言葉に、レイヴンの視線がほんのわずかだけ揺れる。
「あなたはやらなくていいの。むくれたって結論は同じよ」
レイヴンは空気を変えるよに、グレイの頬を突いた。
「ガキ扱いすんなよ!」
「なに言ってるの。まだ子どもでしょう?」
のらりくらりとかわす彼女を見ながらグレイは思う。レイヴンの中で何かが結論に達しているのが分かる。戦場にいるこの子どもを否定できない。生き延びさせるしかない。だが、その先まで渡す気はない。
──殺す側にだけは、立たせない。
その一点だけは、譲れないものとして感じ取っていた。
・
学校には通っていない。
必要な知識はレイヴンが教えてくれるし、彼女が渡してくるワークを黙々とこなす。
窓の外からは、同年代の子どもたちの笑い声が聞こえることもある。追いかけっこをする声。ボールを蹴る音。楽しそうだとは思う。
けれど、自分も混ざりたいとは思わなかった。
グレイにとって当たり前の日常は、彼らとは違う場所にあった。世界各地の戦場。そして、その隣にはいつもレイヴンがいた。
コードネーム・raven。──レイヴンはコード・リーパーの最高戦力の一人だった。
直属の上司はコードネーム・condor。
そして彼が率いる部隊の隊長でもある。
任務のため世界中を飛び回る彼女は、どこへ行くにもグレイを連れていた。
最初の頃は足手まといだったが、今は違う。
任務に同行するコード・リーパーたちは、いつしかグレイを子ども扱いしなくなっていた。
敵の死角を見抜く観察力。状況を読む判断力。そして常識外れの身体能力。気づけば誰もが、彼を一人の戦力として数えていた。
だからこそ厄介だった。
誰もがその実力を認めている。それでも、認めたくはなかった。
身元不明の孤児。正式なライセンスを持たない部外者。
グレイに向けられる視線には、賞賛よりも警戒や不快感の方が多かった。
もっとも、コード・リーパーのライセンスを持たないグレイ自身は、人を殺したことがない。
敵の武器を壊す、ワイヤーで拘束する。急所を外して行動不能にする。やるのはそこまでだ。
最後の一線だけは、いつもレイヴンが引き受けていた。
グレイの前には数え切れないほどの死体が転がった。
だが、その手を血で染める役目だけは、一度も与えられなかった。
・
「聖都市に行くわよ」
突然そう告げられ、グレイは顔を上げた。
「聖都市?」
露骨に顔をしかめる。
レイヴンはそんな反応を予想していたのか、特に驚きもしなかった。
「しばらく本部に滞在するわ」
「嫌だ」
即答だった。
「なに我儘言ってるの。嫌だじゃない」
「だって、condorさんいるじゃん」
「......いるわね」
「絶対、また文句言われるだろ」
レイヴンがグレイを連れていることは、本部内でも異例だった。本部へ行けば、必ず誰かが言う。
「まだ連れているのか」
「捨ててこい」
もっとも、そう口にした人間は、大抵レイヴンに睨まれて黙るのだが。
中でもcondorは容赦がなかった。
会うたびに、
「まだ死んでいなかったのか」
「レイヴンに付き纏うなら、役に立ってから死ね」
そんな言葉を平然と投げてくる。
もちろん本気で追い出そうとしているわけではない。それくらいグレイにも分かる。
だが、だからといって好きになれるわけでもなかった。
聖都市にいると、自分だけが余計な存在みたいな気分になる。
だから嫌いだった。
【continue…】




