01. 死の風景
一度「完結」に設定していましたが、スピンオフを投稿できなくなるため、現在は解除しています。
物心がついた頃には、戦場は当たり前の風景だった。
空気には常に火薬の臭いが混じり、遠くでは銃声や爆発音が絶えることなく響いている。
誰かが傷つくことも、建物が崩れ落ちることも、珍しい出来事ではなかった。
鼻を突く焦げ臭さが風に乗って漂う。ただ何かが燃えている匂いではない。
死体の匂いだ。
崩れた建物の瓦礫の隙間には、死体がいくつも転がっていた。中には、まだ形を辛うじて残しているものもある。
つい昨日まで名前を持ち、誰かと共に生きていたはずの存在。その面影は、もはやどこにも残っていなかった。
地面には血の跡が広がり、乾いた土を黒く汚している。瓦礫の破片と混ざり合い、惨劇の痕跡を色濃く刻みつけていた。
非公認の暗殺者集団──ハウンドによる無差別テロ。
標的となった小さな居住区は、かつて人々が暮らしていた温もりを完全に失っている。
笑い声の聞こえた路地も、子どもたちが駆け回っていた広場も、今は静寂だけが支配していた。
灰色の煙が空へと昇る中、グレイはただその光景を見つめながら立っていた。
──言われた通りに。
「……ガキ?」
不意に声が飛ぶ。
重装備の男が、こちらに気づいた。居住区を襲った、ハウンドだ。
「なんでこんなところに──」
男が眉をひそめる。その声に反応するように、周囲の仲間たちも集まってきた。
「どうした?」
「生き残りか?」
──まだだ。
グレイは動かない。ただじっと、決められた場所で待つ。
十歳の少年にしては冷静すぎるほどに。
やがて一人の男が警戒した様子で近づき、銃口を額へ向けた。
「悪いな。命令なんだ」
冷たい金属の感触が肌に触れる。それでもグレイは動かなかった。
一、ニ、三……人数を観測する。
──今だ。
次の瞬間、地面を這うようにワイヤーが走った。
「なっ!?」
男たちの足元へ伸びたそれは、一瞬で絡みつく。
ワイヤーの端を握っていたのはグレイだった。
体勢を崩す男たちから、驚愕の声と混乱。
その場の空気が一変した。さっきまで優位に立っていたはずの男たちの表情から余裕が消える。
グレイは倒れた一人へ飛びかかるように身を寄せた。
腰に下げていたナイフを抜く。
握る手に力が入る。手のひらは汗で湿り、鼓動が耳の奥で激しく鳴り響いていた。
(──ここを刺せば……!)
息が詰まった、その瞬間。
人影が舞った。鋭い軌跡が閃く。
美しい──そう思うよりも早く、男たちは次々と地面へ崩れ落ちていた。
一瞬前まで響いていた怒号は途絶え、その場を静寂と血の海が支配する。
グレイは目を見開いた。
何が起きたのか理解するより先に、すべてが終わっていた。
「──あなたは殺せないんだから。余計なことをしないで」
声の主は、いつの間にか目の前に立っていた。
血の付いた小さなナイフを指先でくるりと回し、慣れた手つきでホルスターへと収める。
グレイは不満そうに唇を尖らせる。
──自分だってやれた。
そう言いたげな表情だった。
女はそんなグレイを見つめ、わずかに目を細める。そして短く息を吐いた。
「……よくやったわ」
その言葉に、グレイはほんの少しだけ肩の力を抜いた。
──誰から生まれたのか知らない。
両親の顔も知らない。自分が何歳なのかすら、最初は分からなかった。
誕生日というものがあることも、家族というものがどういう存在なのかも知らない。
名前も過去も持たないまま、生きることだけを求められる世界の中で、分かっていることが二つだけあった。
一つは、自分の名前がグレイであること。
そしてもう一つは──
グレイの視線の先で、女は静かに歩いている。この女。──レイヴン。
それが彼女の名だった。
【continue…】
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