02. ハプニング・ガイ
聖都市の警察署は、今日も和やかだった。
元教会の名残を残すステンドグラスから、朝の光が差し込む。そのメインホールの中央で。
「タカセ! お前はしばらく自宅待機だ!」
ジョウの怒声が響いた。
椅子に座っていたタカセは、少しだけ首を傾げる。
「どうしてだよ」
「どうして、だと?」
ジョウは腕を組み、ゆっくりとタカセに歩み寄った。
「しらばっくれるな……お前のヤンチャの数々だ」
まず、指を一本立てる。
「遺産建築物でロッククライミング」
「降りられなくなった猫を助けただけだ」
「『登るな』って看板が見えなかったのか?」
「見えたけど、猫も見えた」
間髪入れずに返すタカセ。
ジョウは一瞬、言葉に詰まった。が、すぐに咳払いをひとつ。
「……次」
二本目の指を立てる。
「無断で現場に単独突入」
「子どもが溺れていた。無事に助けたぞ」
「結果論で生きるな……! そして!」
三本目の指を立てたジョウは、ぎろりとタカセを睨んだ。
「俺の彼女を傷つけた」
「バイクだろ」
「彼女だ!」
署内にジョウの声が響き渡る。
周囲の視線が一斉に集まった。
数秒の沈黙。
ジョウは額を押さえた。
「……とにかくだ。お前は手がかかる。かかりすぎる! 警官だろうが!」
タカセは何か言い返そうと口を開きかけたが、やめた。
しばらくして、ぽつりと呟く。
「……でも、俺は」
まっすぐ前を見据えたまま、続けた。
「困ってる人を助けたくて、警官になったんだ」
その一言に、ジョウの表情がわずかに変わった。
いつもの軽口は返ってこない。
代わりに、深いため息がひとつ落ちた。
「……分かってるよ。痛いぐらいにな」
タカセの目が、ほんのわずかに揺れる。
ジョウは視線を窓の外へ向けた。
「お前みたいなやつは、現場に向いてる。迷わず動けるし、誰より早く駆けつけることもできる」
そこで一度、言葉を切る。
「……でもな。人を守るってのは、間に合えばそれでいいってもんじゃねぇんだよ」
タカセは黙っていた。
「一度でも判断を誤れば、取り返しがつかなくなることもある。正義感ってのは便利だ。迷わずに済むからな。けど、それだけじゃ視野が狭くなる。自分に見えてるもんだけが、すべてだと思っちまう」
ジョウは再びタカセに目を向けた。
その眼差しにあったのは、ただの説教ではない。
放っておけない後輩を案じる、先輩としての気遣いだった。
「だから待機だ。頭を冷やす時間も仕事のうちってことだよ、ルーキー」
「……了解した」
返事こそ素直だったが、タカセの顔には不満がありありと浮かんでいた。
それを見たジョウは、ふっと肩の力を抜く。
「……と、言いたいところだが」
腕を組み直し、にやりと笑った。
「そんなハプニングガイ・タカセに、グッドニュースだ」
タカセが顔を上げる。
「グッドニュース?」
「普通のルーキーには、まず回ってこない仕事だ。喜べよ〜」
もったいぶるように間を置いてから、ジョウは声を少し落とした。
「……コード・リーパーの支援任務だ」
その名が出た途端、場の空気がほんのわずかに変わった。
タカセは目を細める。
国家公認殺し屋──コード・リーパー。
その存在を、タカセも知らないわけではなかった。
「……それ、グッドニュースか?」
ジョウは肩をすくめ、短く笑った。
「この街じゃな、『安全な任務』のほうがレアドロップだ。……で、どうする?」
タカセはしばらく黙り込んだ。
考えるように視線を落とし、それから顔を上げる。
「……行く」
即答だった。
ジョウは呆れたように笑い、タカセの背中を軽く叩いた。
「──だと思ったよ。心の準備しとけ、ルーキー」
その声は、いつもよりほんの少しだけ静かだった。
【continue…】




