01. 青い目のルーキー
19歳。
この頃のタカセは、だいたいのことは自分でどうにかできると思っていた。
その青い目は妙に落ち着いていて、妙に生意気だった。
──そして。
「……信用できないな」
「おいおい、ルーキー。朝から喧嘩売ってんのか?」
隣でコーヒーを啜っていた先輩警官のジョウが笑った。
褐色の肌に、短く刈った髪。椅子にだらしなく沈み込む姿は、ダメな大人のお手本そのものだった。
「バイクに鍵を付けっぱなしにする先輩の指示は信用ならん……。これは本当に俺の書類か?」
タカセは書類の山を真剣な顔で見つめていた。
ジョウは思わずずっこけそうになる。
「正真正銘、お前が溜めた書類だろ! デスクワークしたくないだけじゃねぇか!」
「ジョウが信用ならんのは事実でしょ」
「事実とか言い出すやつ、大体面倒くさいんだよな」
ジョウは気を取り直してコーヒーを啜ると、適当に天井を見上げた。
「まあいいや。そういう目をしてるやつは、長生きするか、すぐ死ぬかのどっちかだ」
「縁起でもない」
「安心しろ。俺がいるうちは平均寿命を伸ばしてやる」
「……頼りないですね」
「お前、ほんと容赦ねぇな」
──聖都市。
尖塔を連ねた白い聖堂が立ち並ぶ、荘厳なゴシックの街並み。その一方で、最新の電脳インフラを備えたこの都市は、国の中枢でもあった。
祈りの歌の隣には、いつだって最先端技術がある。
遠くで、教会の鐘が一度鳴った。
その音をかき消すように、タカセの通信機が鳴り響く。
『第三区、コンビニ強盗。武装の可能性あり。付近の警官は応援に──』
ジョウの顔つきが変わった。
カップを置き、パトカーの鍵を手に取る。
「行くぞ」
タカセもすぐに立ち上がった。
「どっち運転します?」
「お前、まだ免許持ってねぇだろ」
「……そうでした」
そんなやり取りを交わしながら、二人は駐車場へ向かった。
・
白い車体のパトカーに乗り込み、エンジンをかける。
車載モニターから、無機質な音声が流れた。
『──現在、第三区周辺で大規模な交通渋滞が発生しています。事故処理の影響により──』
ジョウの手が止まった。
「……最悪だな」
モニターには、道路を埋め尽くす赤い渋滞表示。
「このままじゃ間に合わん」
タカセも画面を睨んだ。
「走っても同じだな……」
数秒の沈黙。
ふと、タカセの視線が駐車場の端へ向いた。
そこに、一台の黒いバイクが停まっていた。
磨き上げられた外装に、無駄のないフォルム。朝の光を受けて静かに佇むその姿からは、持ち主のこだわりが伝わってくる。
タカセは何も言わず、パトカーを降りた。
「……タカセ?」
ジョウの声が低くなる。
「おい、どこ行く」
返事はない。タカセはまっすぐバイクへ向かうと、ひょいと跨った。
「おい、待て。それには触るな!」
ジョウも慌てて車を降りる。だが、時すでに遅し。
「やっぱり、鍵は付けっぱなしだったな」
『第三区、応援急げ』
無線が急かすように響く。
タカセがエンジンをかけると、低い唸りが駐車場に響いた。風が短い黒髪を揺らす。
「……いい音だ」
「褒めてる場合か!」
ジョウが駆け寄る。
「タカセ! それはな──」
「借ります」
「借りますじゃねぇ!」
タカセはアクセルを回した。
「返すときに、謝ります」
「順序が逆だろうが!」
「それもそうか」
タカセは一瞬考え、振り返った。
「悪い、ジョウ」
青い目は、驚くほど真剣だった。
次の瞬間、バイクが勢いよく飛び出した。
「──タカセぇぇぇぇ!!」
ジョウの叫びが遠ざかっていく。
「それは最高にイカした俺の彼女だぞ! この野郎!!」
・
数分後。
第三区のコンビニ前に、バイクが滑り込むように停車した。
(──かなり飛ばしたおかげか。間に合ったな)
エンジンが不穏な音を立てている。どこからか煙まで上がっていたが、タカセはひとまず無視した。
店内をそっと覗き込む。
割れたガラスに、床へ散乱した商品。店内には二人の男がいた。
──いや、もう一人。
裏口の向こうにも人の気配がある。
(……三人組か)
一人は人質の女性にナイフを突きつけていた。目が泳ぎ、動きにも落ち着きがない。
もう一人はレジの店員を見張っている。金を急かす声には、焦りが滲んでいた。
そして裏口の駐車スペースには、車の鍵を弄りながら周囲を窺う男。
役割分担はしているらしい。だが、連携は甘い。動きにも初犯らしい粗さがあった。
(──いける)
タカセは裏口の男に気づかれないよう、店の入口へ回った。
そして、扉を蹴り開ける。
「警察だ!」
声が店内に響き渡った。
「はぁ!? 警察!? 予想より来るのが早ぇじゃねぇか!」
男が叫ぶ。
その向こうで、人質の女性と目が合った。
「たっ……助けて……!」
震える声に、タカセは頷く。
「大丈夫だ。必ず助ける」
直後、人質を押さえていた男がナイフを振り上げた。
「来るなぁぁ!」
タカセは踏み込んだ。
刃が届くより早く男の懐へ入り、腕を押さえる。そのまま女性を引き寄せ、男の腕を捻り上げた。
「痛てぇ! 痛てぇ!」
「離れろ!」
女性を逃がすと、タカセは男を押さえ込んだ。
そこへ、レジ側の男が怒鳴りながら突っ込んでくる。
「ポリ公が! 邪魔すんな!!」
(……次!)
タカセは男の腕を捻った勢いのまま相手を地面へ叩きつけ、すぐさま次の男へ向き直った。
ナイフを構えるより早く距離を詰め、蹴りを放つ。
ナイフが手から弾き飛ばされた。
タカセは怯んだ男の肩を押し、そのまま床へ倒す。
──その時。
駐車場から、エンジン音が轟いた。
「うわあああ!」
裏口の男が車に飛び乗り、逃走を図る。
(──逃すか)
タカセは腰のホルスターから銃を抜いた。
一発目。車体の前方を狙って撃つ。弾丸がアスファルトを叩き、車がわずかに進路を逸らした。
二発目。タイヤを狙う。
乾いた破裂音とともに後輪が跳ねた。それでも男はアクセルを緩めない。
三発目。
再びタイヤを捉えた弾丸に、車体が大きく傾いた。
「うわっ!?」
車はスピンし、駐車場の縁でようやく停止した。
タカセは銃を下ろす。
「……止まったな」
静寂が落ちた。
数秒遅れて、店内の客たちがようやく状況を理解する。
そして、一斉に拍手が起こった。
・
コンビニの入口から、遅れて足音が響いた。
「おいおい、もう終わったのか……早すぎんだろ」
息を切らして駆け込んできたジョウと別部隊の警官たち。
タカセは彼らを振り返り、涼しい顔で告げた。
「来るのが遅すぎます」
「お前が速すぎんだよ」
その時、人質だった女性がタカセに歩み寄った。
「あっ、あの。ありがとうございました……!」
深々と頭を下げる彼女に、タカセは尋ねた。
「怪我は?」
「……ないです」
「ならよかった」
それだけ答えると、タカセは周囲の確認に戻ろうとした。
「あの……!」
「?」
「本当に、助かりました……」
女性の頬がほんのり赤く染まる。だが、タカセは軽く頷いただけだった。
その横で。
「こんのバカッ!!」
ジョウの手が、タカセの頭を軽く叩いた。
「痛ぇ!?」
「応援要請を無視! 単独突入! 勝手にバイク使用!」
ジョウは指を折りながら数え上げる。
「全部アウトだ!」
「でも解決したぞ」
「結果論で生きるな!」
間髪入れずに返すジョウ。
それでも、その表情には少しだけ安堵が滲んでいた。
「……腕はいいんだよな、ほんとに」
タカセは肩をすくめる。
「だろ?」
「調子に乗るな、ルーキー」
ジョウはため息をつき、それからふと思い出したように駐車場へ目を向けた。
「……で。俺の彼女、無事だろうな?」
タカセの視線が、ほんのわずかに逸れた。
「……ちょっと傷ついたかも」
「は?」
「ほんの少し」
「どこがだ」
「多分、その……全体的に」
「ぶっ壊してんじゃねぇか!!」
ジョウの怒鳴り声が朝の聖都市に響き渡った。
通行人たちが何事かと振り返る。
その横で、タカセは少しだけ笑った。
遠くで、教会の鐘が一度鳴る。
──この頃のタカセは、だいたいのことは自分でどうにかできると思っていた。
その青い目はまだ軽く、まだ何も失っていない色だった。
【continue…】




