23. 二つの真相
【左ルート──グレイ・セシル】
手術室の空気は冷えていた。グレイとセシルは別々に室内を探っている。
グレイは前髪をかき上げながらため息をつく。
「なーんも無えな。ここには」
セシルは無言で辺りを見回す。引き出しや薬品棚。だが、決定的なものはまだ見つからないままだ。
その時、インカムにノイズが走った。
『……グレイ、セシル。聞こえる?』
イノウエだった。
「お、仕事早ぇな」
『日記の内容と一致する事件記録を見つけた。今から二十年前の事件よ』
空気が静かに変わる。──日記の内容は創作では無く、事実。セシルは机上のノートを確認しながら言う。
「続けて」
静かな部屋に、イノウエの声だけが響く。
『──幼い子供が、虐待を苦に母親を刺殺した事件。被疑者は双子。母親死亡後、二人は施設へ送致されている』
「……日記の通りか」
グレイが低く呟く。その肩からはやるせなさが滲む。日記の双子を慮る。記録上の事件には、具体的な痛みも体温もない。それを感じ取るには中途半端な同情じゃなく、強い想像力がいる。そうじゃなきゃいけない。グレイは拳を握る。
イノウエは続ける。
『その後の記録も残っていたわ。施設名は削除されていたけど、コード・リーパー側の調査ログに痕跡がある......ただ』
セシルが短く聞き返す。
「ただ?」
わずかな間。通信越しのイノウエのキーボード音が止まる。
『日記には、“僕”と“兄”って書かれていた……でも実際は、双子の姉妹だったみたい』
静寂が落ちる。グレイが眉を寄せる。
「……は?」
『母親は男児を望んでいた。けれど、生まれたのは女児だった。母親は、それを受け入れられなかった』
空気が重たくなる。
イノウエの声は淡々としているようで、痛みをこらえたような声色だった。冷静を努めている。グレイには分かった。
『二人を“男児として”育てていた記録がある』
グレイの視線が、壁のエコー写真へ向く。イノウエは静かに言った。
『つまり、日記の“僕”は──』
その瞬間だった。
──ガンッ!!
奥の扉が、内側から激しく開かれる。
二人が同時に銃を構えた。「誰?」セシルが問う。
息を荒げて飛び込んできたのは、白衣を着た一人の男。その顔には見覚えがあった。グレイの目が細くなる。
「……おいおい」
ゼン・ウィルソン。ジェネシス・アークの技術開発長。
グレイが銃口を向けたまま言う。
「ビンゴってわけか」
しかしゼンは力無く壁へもたれ込んだ。その顔色は青白い。胸元を押さえ、唇には血を滲ませている。ゼンは苦しげに息を吐く。そして、震える声で言った。
「……妻を……マリアを止めてくれ」
セシルの指先がわずかに動く。ゼンは絞り出すように続けた。
「もう……止まらないんだ……」
・
【右ルート──タカセ・カムイ】
赤色のライトが染み付いた部屋は、空気そのものが重い。しかし呼吸が浅くなるのは、室内の空気の悪さのせいでは無さそうだった。
今、自分が生きていることを確認するかのようにタカセは深呼吸する。そして耳元のインカムに手を当てた。
「......イノウエに解析を頼むか」
カムイの目がタカセを見る。タカセが軽く頷きインカムを起動したその時。
インカムが途切れる。
『──……ザ……ッ……』
ノイズ。そして完全な無音。カムイが眉をひそめる。
「通信遮断か」
タカセは周囲を見渡す。白い胎児に囲まれた、赤い部屋。ネットワークが繋がっているのか、絶えず低い振動音が空間を唸らせている。
通信に問題はなさそうだった。
「意図的だな」
タカセが目を細めた、その瞬間だった。奥の通路から足音。誰かが走ってくる。
二人は同時に銃を構えた。カムイが低く問う。
「誰だ」
足音の主は女だった。赤い照明がその顔を不気味に染める。息を切らした女は震える声で答えた。
「マリア……マリア・ウィルソンよ……!」
タカセの目がわずかに動く。プロジェクトHello・Babyの技術開発長、マリア。妊婦の彼女は腹をかばいながら怯えた目でこちらを見ると涙混じりの声で叫んだ。
「助けて……! 夫が……胎児を盗んで、ひどいことを……!」
・
【左ルート ── グレイ / セシル】
セシルは銃口を下げない。
「連続妊婦殺害、胎児の不正収集、ならびにコード・リーパー、警察部隊襲撃の容疑で拘束する」
息を切らすゼンに対して、容赦の無い冷たい声だった。
ゼンは扉にもたれかかったまま荒く息を吐いている。
「ち、違う……俺は、何も……!」
ゼンの声に、グレイが眉をひそめる。
「しらばっくれても無駄だ。お前、技術開発長だろ? 言い逃れできねぇよ」
だが──様子がおかしい。ゼンの瞳孔は開ききり、肌には異様な汗が浮いている。首筋には血管が浮かび上がり、呼吸は断続的だった。
まるで身体の中で、何かが暴れているみたいに。
「……技術開発長なんて、名前だけだ……」
ゼンが頭を押さえる。
「実際は、全部……マリアの指示で……っ」
苦しげな声。
「あぁ……頭が、割れそうだ……」
セシルの目がわずかに細まる。グレイも空気の異常を察知していた。
「おい、コイツ……」
ゼンがふらつく。
「胎児の研究だけじゃない……俺にまで……投与を──」
その瞬間だった。ゼンの目元、耳、鼻から血が噴き出す。
身体が不自然に盛り上がる。骨が軋む音。腕の輪郭が歪み、刃物のように変形していく。人の形が崩壊していく。
グレイが息を呑んだ。
「……は?」
セシルの表情も初めて揺らぐ。
「なに、あれ……」
次の瞬間、変形した腕が、一瞬で振り抜かれる。その速度にセシルは反応が遅れる。だが、その前にグレイが踏み込んでいた。
「っ!」
グレイがセシルを突き飛ばす。直後、刃がグレイの腕を裂いた。血が散る。衝撃でインカムが床へ転がった。カラン、と乾いた音。
グレイが顔をしかめる。
「マジかよ……!」
ゼンはもう人間の立ち方をしていなかった。白い研究室の中央で人の形をした何かだけが、ゆっくり呼吸していた。
【continue…】




