↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/50

20. 帰る場所

 カムイとセシルが別行動に入った後。イノウエの部屋に戻ると、静けさの中心にレインがいた。


 無言のまま、テーブルの上で銃を調整している。オイルの匂いと金属が触れ合う小さな音だけが部屋に落ちていた。


 グレイが扉を閉めながら目を細める。


「帰ってきてたのかよ」


 レインは視線を上げないまま、短く答える。


「遅い」


「おかえりの一言もねぇのかよ。寂しいやつだな」


 グレイの小言に返事はなく、カチャ、と金属音だけが返ってくる。グレイはソファに沈み込み続けた。


「で、エミリちゃんとはどうなったんだよ」


「エミリちゃん?」


 イノウエがグレイの顔を覗き込むと、グレイはニヤリと笑った。


「それがさぁ〜」


 レインは手を止めると、グレイの話を遮った。


「……今、その話はするな」


 グレイは「おっ」とだけ言って肩をすくめる。


「図星か」


「レイン、遠慮なく話してくれ。俺は聞きたい」


「そうよ、レイン。私たちの仲じゃない」


「お前らなぁ……タカセも悪ノリするな」


 レインは呆れたようにため息を吐いた後、顎で机を差した。タカセの銃──PythonとGlock。


「軽く調整をかけておいた。前よりも狙いやすいはずだ」


 タカセは静かにそれを手に取る。グリップを握り直しわずかに重心を確かめる。スライドを引くと乾いた金属音が鳴った。


 タカセはほんの一瞬だけ目を細めた。


「ありがとう」


 レインは短く頷く。


「グレイも一丁持っとけ。接近の方が得意だろうが無いよりはマシだ」


 差し出されたのは、小型のリボルバー。グレイはそれを受け取ると、くるりと指先で回し、掌の中で重さを転がすように確かめた。


「Smith & Wesson じゃねぇか。粋だな。軽い割に、ちゃんと鳴きそうだ」


 イノウエはデスクへ向かうと、慣れた手つきでスイッチを入れた。ハードディスクが低い振動音を響かせて唸る。画面が次々と浮かび上がり、モニターの明かりがイノウエの横顔を照らした。


「補給の準備と……後は通信も一本化にしておくわ。カムイと、セシルの分も」


 イノウエがキーボードを叩く隣で、レインは小型の装備や補充の弾を手際よく詰めていく。続けて止血剤や自動注射器、止血帯などを収めたコンパクトな救急キットを机に置いた。


「──潜入時間は?」


 イノウエは即答する。


「明け方」


 グレイはソファに身を預けながら天井を見上げる。


「……ほんとに前夜って感じだな」


 タカセは静かに息を吐いた。準備されていく装備に指先で触れる。

 すると、しばらくモニターを見つめていたイノウエが口を開いた。


「ここから先は、戻るルートは想定してない……だから」


 先ほどまでの軽口の声色ではなかった。視線はまだ画面の上。それでも、その言葉だけはまっすぐだった。


「絶対に帰ってきて」


 静寂が落ちる。その言葉は命令でも、ただのお願いでもない。それでも拒否できない種類の言葉だった。イノウエはすぐにいつもの調子へ戻すように、短く付け足す。


「以上」


 カタ、とキーが鳴る。 


──絶対に生きて帰ってきて。


 タカセはその言葉にすぐには返せなかった。胸の奥にわずかに何かが触れる。


(……生きて、帰る)


 その言葉を頭の中でなぞる。これまで、そんな前提で動いたことはなかった。


 最後の一人になることが前提だった試験。真相を掴むために、死ぬまで降りられないコード・リーパーの道を選んだ。


 ただ生き残っただけでは、自分が今生きている意味はない。仲間を死に追いやった真相を突き止められるなら、自分はいくら傷ついても構わない。生きて帰るかどうかは、結果でしかない。そう思っていた。


 イノウエの横顔が浮かぶ。モニターに向かったまま、こちらを見なかった顔。


 その奥にあるものに、唐突に気付いた。あれは命令じゃない。──どうしようもない、個人的な願いだ。


 グレイの顔を見る。くだらない冗談と他愛のない会話。それでも、背中を預けても崩れない存在。言葉にしなくても伝わる信頼。


 イノウエとレインの顔を見る。軽口の中に、タカセを気遣う優しさがある。それでも必要以上に気を使わない。対等な仲間として接してくれ、ただ側にいてくれる。


 このラボの空気が、気が付けば“当たり前”になっていた。


 “いつ死んでもいい側”に、自分を置いていた。でも、もし今ここで全部を失うことになったら──それを「仕方ない」で済ませられるほど、自分はもう空っぽじゃない。


 小さく息を吐く。胸の奥にあった何かが、ゆっくりと輪郭を持つ。


(……帰る場所)


 その言葉は、不思議なほど抵抗なく落ちてきた。


 自分には、必要のないと思い込んでいたもの。でも、それは違った。目の前の三人は、とっくにタカセを独りにはしていなかった。


(──今さら気付くなんてな)


 タカセは思わず苦笑する。


「……タカセ、なにニヤニヤしてるのよ」


 モニターからやっと目を離したイノウエがタカセの顔を覗き込むと、グレイはソファに沈めていた上半身を勢いよく起こした。


「レインの恋バナ楽しいよな? 続き話すか!」


 レインは鬱陶しそうに横目でグレイを見た。


「やめろ」


 目の前の三人のやり取りに、タカセは柔らかく笑う。


「……なんでもない」


 帰る場所を意識すること。そこに戻ることを前提に戦う。失わないために生きて帰る。それは弱さじゃなくて、守るものがある人間の強さに近い気がした。




【Next : Chapter】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。