15. 裏路地の銃声
夜の街は小雨がぱらついていた。
パーティー会場を抜けたレインは、行き交う傘の隙間を縫うように石畳の通りを速度を落とすことなく歩き続ける。
背後には、一定の距離を保ったままついてくる気配たち。
(──二人だな。やけに慣れてる……ということは)
ハウンド。裏社会が雇用する、コード・リーパーとは違い国家認可ライセンスを持たない違法戦力者たち。
「雇われ者ってとこか」
ハウンドの一人が腕を持ち上げる。袖口の隙間から銃口が一瞬だけ覗いた。人の流れに紛れても、市民が巻き込まれるのは時間の問題だ。
「……うまい具合に誘導されてるな」
小さく呟き、レインは脇道へと滑り込んだ。
・
人通りの少ない裏路地。遠くで教会の鐘が一度だけ鳴り、その余韻が路地へと溶けていく。街灯は頼りない薄い光を地面に落としていた。
背後から乾いた銃声が響く。レインは反射的に横へ跳びさらに奥へ駆けた。
銃声は続く。弾丸はコンクリートを抉り、弾けた破片とともに雨粒が空中に散った。
「街中でも構わないタイプか」
呆れたように吐き捨てながら、物陰から物陰へ視線の死角だけを選んで移動する。
しかし追ってくる二人のハウンドもまた迷いがない。容赦なく銃弾を撃ち込んでくる。
「……クソ、しつこいな」
その時だった。
曲がり角の先で、傘をさした女性が立ち止まっていた。
彼女は突然響いた銃声に肩を跳ねさせる。
「……っ、え?」
次の瞬間、さらに銃声。足元のアスファルトが弾けるその衝撃で、彼女の手から傘が滑り落ちた。濡れた石畳に落ちた傘は静かに音を立てて転がる。
「……っ、いや……!」
彼女の身体が硬直する。
「伏せろ!」
レインは迷わなかった。一気に距離を詰め彼女の腕を引き寄せると、足元で転がっていた傘を蹴り飛ばす。そのまま壁際へ押し込み、自分の身体で覆うように庇った。
弾丸がすぐ横を掠め、短い破裂音が響いた。
「……くっ」
背中に衝撃が走る。それでもレインは彼女を離さない。
「怖いっ」
「大丈夫だ。動くな」
短く言う声は驚くほど落ち着いていた。
ハウンドの銃口がこちらを向く。
(──これまでか)
レインが小さく息を吐いた、その時だった。
別方向から銃声が走り、ハウンドの銃を正確に弾き飛ばした。
・
「……っ!?」
銃を落としたハウンドの一人が、思わず距離を取る。
レインは飛来した弾丸の方へ視線を向けた。
(──タカセか!)
ハウンドは落とした銃を諦め、代わりに腰のナイフに手を掛ける。しかし。
「遅ぇよ」
石造りの建物の屋根陰から、グレイが影のように飛び降りた。
着地と同時に踏み込み、そのまま迷いなく相手の顎へ手刀。鈍い音が響くと、ハウンドの一人が石畳に崩れ落ちた。
「……こいつには聞くことがたんまりある」
倒れた男を一瞥しながら、グレイは吐き捨てる。
もう一人のハウンドが静かに後退する。だが逃げる前に、再びレインに銃口を向けた。
──その瞬間。銃声。
今度は尖塔の見える屋根の上からタカセの射撃が走る。勢いよく銃が弾き飛ばされ、ハウンドはその場に崩れ落ちた。
・
「……助かったな」
短く息を吐いたあと、レインはようやく彼女から少しだけ身を離した。
彼女は震えながらもレインを見上げる。その顔がはっきりと視界に入った。
大きく垂れた目は涙で潤んでいて、艶のある淡い色素の長い髪が街灯の淡い光を受けてわずかに揺れていた。どこか頼りなく、それでいて日常側の人間の顔。
「……あ、ありがとうございます……」
彼女が言うと、レインは一瞬だけ固まった。自分がまだ彼女を抱きしめる形になっていることに気付いたからだ。
(……いや、今それを考える場面じゃない)
「……すまない」
ぱっと距離を取る。
レインの耳がわずかに赤い。彼女も同じように頬を赤らめて、視線を逸らす。
「……い、いいえ……」
気まずい沈黙。静寂を切るようにグレイが声を飛ばした。
「おーい。ラブロマンスはそこまでにしてくれ」
・
「にしても……ここまでやるとはな」
グレイは倒れたハウンドを見下ろしながら首の後ろに手を回した。
古いレンガ壁に染みる夜の湿気。いつの間にか雨は止んでいた。
グレイの声を聞きながらレインは短く息を整える。
「奴ら、よっぽど知られたくないものを抱えてるらしいな」
その時、尖塔から降りたタカセが駆けてきた。彼の視線はすぐに彼女へ向く。
「巻き込んですまない。怪我は?」
「私は大丈夫です。でも、庇ってくれた彼が……」
「問題ない」
彼女の声を遮るようにレインは即答するが、背中からは出血している。彼女はそれを見て、小さく首を振った。
「問題あります。処置をさせてください。近くに、“Dickeybird”という店があります。私のお店なんですけど……」
柔らかい声色なのに、意志ははっきりと通っていた。
グレイは肩をすくめる。
「レイン、お言葉に甘えとけ。ラボまで戻るより早い」
レインは一瞬だけ言葉に詰まり、そして頷いた。彼女はほっとしたように微笑む。
「私の名前はエミリ。こちらです」
石畳の路地をレインとエミリは歩き出した。グレイはそんな二人に向かって軽く手を振る。
「……さて」
倒れたハウンドを見下ろす。
「ここからが本番だな」
聖都市の裏路地は静かだった。遠くで教会の鐘が一度だけ鳴る。その音だけが、この異常な夜に普通の時間を落としていく。
・
【diary】
僕はほんとうのひとりになった
ひとりになりたくなかった
もうひとりのぼくであるお兄ちゃんを
ころしてしまったのにね
ひとりになりたくない
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