12. 消えた胎児と新たな任務
イノウエの部屋へ入ると、レインはいつものように銃をいじっていた。我関せず。そんな空気が背中から滲んでいる。
イノウエはタブレットを起動させながら、タカセとグレイへ視線を向けた。
「condorからのご指名なんて。あんたたち、何かやらかした?」
「んなわけ」
タカセは即答しグレイを見る。グレイは両手を軽く上げて首を横に振った。
「清く正しく、真面目に任務やってたよ。なぁ? タカセ」
「そこまでは言ってない」
「……まぁ、いいわ。ことの発端は、連日ワイドショーを賑わせているニュースだった」
「俺らのことか?」
「バカ。このニュースの方よ」
イノウエはタブレットをスクロールし、ある記事を二人に突きつけるように表示した。
【連続妊婦殺害事件】
【“胎児のみが持ち去られる”異常事件、各地で発生】
【妊婦腹切り事件──続報】
【殺害後、胎児のみが消失──都市伝説か実在か】
【“乳児愛好家マニア”の犯行説も浮上】
タカセは眉をひそめた。
「……なんだ、この気味の悪いニュース」
イノウエは何も答えず、別の記事を画面上に並べる。
【製薬会社・GENESIS ARK──世界初の快挙】
【プロジェクト「Hello・Baby」成功か】
【理想の赤ちゃんが、あなたに】
グレイは額に手を当てた。
「……待て待て、ちゃんと説明してくれ」
イノウエは淡々とタブレットを操作する。
「製薬会社ジェネシスアーク。婦人科系医薬を扱う大手企業よ。今回の任務は潜入捜査」
「その会社が妊婦殺しの黒幕かもってか?」
グレイが即座に反応すると、イノウエは小さく息を吐いた。
「ライバル企業からのタレコミ。内容は“胎児の不正収集”」
グレイは呆れたように肩をすくめる。
「おいおい、またそれか」
「また?」
タカセが視線を向ける。グレイはソファに沈み込んでいた。
「こういうのは大体、企業同士の潰し合いか、ただのデマだ。真面目に追うだけ無駄になるやつも多い」
「ええ。普通なら切り捨てる案件よ」
イノウエの声に、グレイは天井を見つめながら呟いた。
「ならなおさらだろ。そんな不確かなもんで潜入とか、無駄足になる可能性の方が高い」
「......イタズラかもしれないし、政治的なネガキャンかもしれない。それでも、完全に否定できる材料がないのよ」
グレイが軽く舌打ちした。
「……一番雑な仕事だな。それ」
グレイの声を聞きながら、タカセは視線を画面の上に走らせる。そして静かに口を開いた。
「プロジェクト『Hello・Baby』関連か」
「ご名答」
イノウエが指を鳴らす。
「condorとしては、この事件が全くの無関係とは思えないみたい。潜入調査の先は、ジェネシスアークの記者会見パーティよ。でも注意して。あんたたち、有名人だから。絶対に変装して」
「変装!?」
タカセとグレイの声が重なる。
「ダークヒーローとかなんとか連日新聞に載ってるでしょ。変なファンクラブもあるし。condorの指示よ」
「あのハゲ、一回殴ろうか」
「賛成だ」
「やめなさい」
一瞬の沈黙。グレイはため息混じりにソファへ体を預ける。
「……で、そのcondorさんのご指名ってのは? どういう意図?」
イノウエはタブレットを軽く叩いた。
「だから聞いたの。〝あんたたち、何かやらかした?″って。半分は嫌がらせ。半分は──実績評価かも」
タカセは視線を上げた。イノウエの指が画面を指す。
「──もし本当に胎児の不正収集があるなら、放置できない規模になる」
グレイが露骨に顔をしかめる。
「面倒くせぇな。黒っぽい時点で潰しちまえば早いだろ」
「それをやったら終わりってことぐらい、分かるでしょ」
イノウエの声は冷静だった。
「コード・リーパーは国家認定資格。勝手な介入や違法制圧が表沙汰になれば、市民側の支持が落ちる」
タカセが静かに視線を向ける。イノウエは続けた。
「今のコード・リーパーは、裏社会の処理係であると同時に、国家秩序の象徴でもあるの」
グレイが鼻で笑う。
「……ダークヒーロー扱いされるのも仕事のうち、ってか」
「人気商売とは言わないけど、世論は無視できないわ」
イノウエはタブレットを閉じながら深くため息を吐いた。
「怪しいから消しました。じゃ、非公認の殺人組織と変わらない。だから証拠がいる。合法的に潰せる理由が」
タカセが小さく息を吐く。
「つまり、試されているってことか」
「そういうこと。condorらしいでしょ?」
イノウエの声に、グレイが天井を仰ぐ。
「最悪だろそれ。嫌がらせなのか合理的なのか分からねぇよ」
「両方よ。使える駒は使う。でも切り捨てる時は早い。それがあの人のやり方」
「ツンデレかよ」
「やめなさい」
イノウエの返しは、もはや諦めに近かった。
「……男二人組ってのも怪しいから、私も行くわ」
「──いや。ここはレインだ」
グレイの提案に、我関せずだったレインは即座に顔を上げた。
「俺は無理だ。イノウエがいるだろ」
めんどくさがるレインに、グレイは真顔のまま言う。
「イノウエはなんかそれっぽいし、怪しまれたら負けなんだよ」
「それっぽいって何よ」
イノウエが鋭く返すと、タカセが横から口を挟んだ。
「マッドサイエンティスト」
「あら光栄」
イノウエは皮肉混じりに笑う。そんな彼女を見てタカセは聞いた。
「……イノウエ、何徹目だ?」
「3」
その数字に場の空気がわずかに変わった。グレイは軽く肩をすくめてイノウエの肩をポンと叩く。
「今日は寝ような〜」
冗談めかした口調だったが目は少しだけ真面目だった。
レインがため息を吐き出した。観念した表情で、イノウエに改めて向き直る。
「仕方ない。俺が行くか」
こうして三人は、ジェネシスアークへの潜入調査に入る。
──その研究所で何が起きているのか。まだ誰も確かなことは知らなかった。
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【diary】
僕のこと、好きじゃなかったお母さんをころしたのに
だれも僕のこと、あやしまなかった
けいさつの人は、知らない人がやったことにした
僕は、お兄ちゃんといっしょに、しせつでくらすことになった
お兄ちゃんは、僕のことわかってくれる
やっと、ふつうにくらせるとおもった
なのに
【continue…】




