11. 春の別れ
その後、しばらくたって、
新宿で別れるときに、
何となく、軽く飲もうか?
ということになり
ふたりで飲みに出かけたことがあった。
駅のホームで、人混みに押し流されるように改札に向かっているとき、風が冷たすぎた。
お互い、お腹もすいていたのかもしれない。
私が頼んだ生グレープフルーツサワーが
運ばれてきて、それを絞ろうとしたら、
彼が手をのばしてきて、
さりげなく私の手からそのグレープフルーツを取って、あっという間に絞ってくれた。
少し、ぶっきらぼうな言い方で、
全部いれていいの?と言って、
こぼさないようにていねいに
グラスに入れてくれた。
その時、ジュースを絞ってくれたのが
本当に嬉しかったから、
またそうしてほしくて、彼と飲むときは、
決まって生グレープフルーツサワーを
注文した。
彼はいつもそうしてくれた。
優しい人だった。
それからの私は、
生グレープフルーツサワーを
よく頼むようになった。
その時の話題は、
ストーカーを止めさせることが
うまくいった。という報告だったから
本当の話だったんだ。 と笑ったら
信じてなかったの?
とショックを受けてたみたいだった。
タキガワくんは、家族のことも
よく話してくれた。
彼のお姉さんや、お母さんや、弟さんや、
従姉妹の赤ちゃんの話しもしてくれた。
ある休みの日に、赤ちゃんを預かった。
と話した。
彼は少しはにかんだような
優しい顔でそう言った。
そんな顔は、
それまでまで見せたことがなかった。
赤ちゃんを、迎えに来ても、
置いてっていいよ。っていってる。
と話した。
その赤ちゃんのことが、かわいくて仕方がないみたいだった。
彼はきっと、早く結婚して若いパパになって子供を可愛がるんだろうなぁ。
と想像した。
タキガワくんは家族思いの、
優しい人だった。
友達のことや、周りの人たちのことを
いつも心配して、動き回っていた。
タキガワくんとの他愛のないおしゃべりが 少しずつ私の心をやわらかくしてくれていることにその頃の私は、気付かなかった。
気付かないようにしていたのかもしれない。
毎日の業務をこなすことだけで、
精一杯だった。
それでいいと思っていた。
人とかかわる事に
とても臆病になっていたから、
そんな話しは、彼にはしなかったし、
隠していた。
また春になって、
私の勤務先が変わることになった。
みんなと仲良くなれたから、
少し、淋しかった。
勤務先が変わることを、
直接、タキガワくんに伝えたいと
思っていたけど、
偶然に電車で会うことは、
なかなか無かった。
ある時、後輩のあかりちゃんに
タキガワくんに異動すること
話したんですか?
と聞かれた。
話そうと思ってるけど、
なかなか会えないから
もしもこのままになったら
よろしく言っておいてね。
と頼んだ。
そしたら彼女は彼のメアドを私に教えて
自分で連絡して下さい。
といった。
異動の挨拶もしないつもりなんですか?
それは、ひどい。私だったら傷つく。
そして、
メアドの交換もしてないんですか?
と少し呆れているみたいだった。
お世話になりました。
勤務先が変わることを知らせた。
(つづく)




