月は見ている。
子龍は一人腕組みをしていた。
山の頂からは戦場の様子がよく見える。
「完全に逃げ場が無くなったな…。」
子龍が呟いた声は、風に掻き消される。
太陽が西の空を赤く染めている。
兵の一人が声をかける。
「子龍さん、篝火を焚きますよ。」
子龍は頷く。
「戦場でいうことではないですが、ここ数日食べないし、寝てない。倒れますよ。」
兵は、心配そうな顔をする。
「民の苦しみは、こんなもんじゃない。」
子龍は、山間の村へと視線を移す。
人の気配はない。
避難は完了しているようだ。
「雲長さん、俺はやはり間違っているのだろうか。」
子龍は篝火を見つめる。
二日前のことだ。
子龍は、雷国の隊長の前でひざまづいていた。
「このまま、都へ侵攻する。あなたには、先鋒を務めてもらう。」
通訳の男が喋る。
漆黒の鎧を纏った金髪、碧眼の隊長はミカエルと名乗った。
子龍を見下すように、一段高いところに立って腕組みをしている。
すでに技王の国の主要な部分は抑え、その勢いで都まで攻め込む決断をしたようだ。
「民の命は保証してくれるのだな。」
子龍の問いに、ミカエルは頷く。
「あなたの働き次第だそうです。」
通訳の男が、ミカエルの言葉を伝える。
子龍は、あえて都への最短距離の直線を進路に選んだ。従ってきた兵たちの損耗を少しでも抑えるためだ。
街道での全面対決を避けるためだ。
ミカエルには、一刻も早く都へ侵攻し虚をつくためだと伝えた。
ミカエルからの返答はない。
最小限の犠牲とはいえ、目の前の村を巻き込むことになってしまった。
背後にはミカエルが率いる軍。
退路を断たれた形になっている。
…子龍は近くにいる兵に声をかける。
「皆、交代で休め。夜襲の警戒を怠るなよ。」
兵は、命令を伝えるために駆け出す。
子龍は、一人戦場を照らす満月を見つめていた。
その頃鍋蔵は志願してきた十名ほどの兵士を連れ、険しい山道を歩いていた。
少し前へと遡る。
物見の兵からの報告を受けた佐之助は、鍋蔵を呼んだ。
「子龍の軍は背後に敵国の軍。逃げ場がないようだ。陣形から見ると兵の損耗を嫌っているようだ。」
佐之助の言葉に鍋蔵は頷く。
「お前の見立て通り、人の命を粗末に扱えぬ男のようだな、子龍という男は。」
佐之助は、鍋蔵から視線を近くの副官へ移す。
「兵を十名ほどの選んでこい。腕自慢で身軽なやつだ。」
副官は短く返事をし、兵たちの方へ走り出す。
佐之助は、鍋蔵へ向けて地図を指し示す。
「敵の陣形はこの形だ。小さくまとまる方陣の形をとっている。鍋蔵は、南側から迂回して背後の軍に当たってくれ。北側からは武虎の軍。挟撃の形になる。」
「武虎が軍を率いているのか?」
佐之助は頷く。
「あいつは、お前と違って軍人の素質がある。」
佐之助は言葉を続ける。
「俺は、主力を率いて子龍の軍と対峙し、注意を引きつけておく。背後の敵を追い払えば状況を変えることができるはずだ。」
満月が鍋蔵の顔を照らす。
汗に塗れながら山道を進むその顔には、固い決意が宿っていた。




