戦の前。
佐之助は指が白くなるほど、手綱を握りしめている。
自分の指示で動く数万の軍勢。
風にはためく軍旗。
見渡す限り、人ばかりだ。
敗北は国家的損失になる。
泰山の顔が浮かぶ。
長年かけて築き上げた、現在の地位。
妻と子供には苦労をかけた。
この一戦が終われば。
…今は考えるのをよそう。
隣には鍋蔵。
かつて共に戦った仲間。
ある戦で、村を守れなかった。
その時から、二人は別の道を歩くことになった。
武虎は別動隊を率いている。
鍋蔵の弟であり、佐之助も目をかけていた。
この戦で武功を立てれば、出世の足がかりとなる。
生かせるかどうかは武虎次第だ。
子供達は避難させた。
戦さは大人達がすればいい。
子供達がすくすくと育てる環境を作るのが大人の役割だ。
自分の子供や小太朗達の顔を思い浮かべる。
雲海や夏樹は泰山の元にいる。
戦に出ても大して役に立つまい。
後方でしてもらうこともある。
夏の暑い風が佐之助の背中を押す。
さぁ、戦の時間だ。
佐之助は剣を掲げ、鬨の声を上げる。
数万の軍勢が、一斉に答える。
もう、後戻りは出来ない。
岩之助は額の汗を拭っていた。
その頃、岩之助と小太朗、桜は馬を走らせていた。
桜が馬を駆る姿に見惚れて、小太朗につつかれる。
「岩之助さん、しっかりしてくれないと、僕ごと馬から落っこちちゃうよ。」
岩之助は、苦笑いする。
佐之助には、避難しろと言われた。
桜の
「私たちにも何かできることがあるんじゃない?」
の一言で、小太朗、岩之助は頷く。
大軍の進路とは別の山間の道を通って、戦場へと向かっている。
「岩之助さん、危なくなったら助けてよね。」
小太朗の言葉に、岩之助は胸を張って答える。
「桜さんは、命に変えても守る!」
「命を軽く扱わないで。」
桜は呆れ顔。
鍋蔵から聞いていた戦場には、山間の寂れた村があるはずだ。
都への道中で立ち寄った村。
世話になった人たちがいる。
「一人でも多く逃さなきゃ。」
桜は逸る心を抑えながら、手綱を握りしめる。
馬を風のように駆けさせ、予定より早く昼頃には村へと辿り着いた。
馬は全身汗まみれ。
小太朗は、村人に頼んで馬に水を飲ませる。
「この村は戦場になるわ。」
桜は村長に掛け合う。
その真剣な様子に、村長は嘘や冗談ではないことを確信する。
「荷物なんかどうでもいい。命あっての物種だ。みんな山に隠れろ!」
動ける者たちが、一軒一軒回って逃げ遅れる者がいないか確認をしていく。
小太朗と桜、岩之助も手分けして逃げ遅れた者がいないか見て回る。
普段は静かな村が、騒然とする。
訳もわからずになく赤子。
紙のように白い顔をした女。
家畜を置いていくのは嫌だと駄々を捏ねる老人。
「生きてりゃまた飼えるだろ!」
言いながら岩之助は老人を担ぎ上げる。
若い男たちが逃げ遅れた者がいないか確認をすると同時に、山へと村人たちの避難を始めた。
夕陽が入道雲を照らす頃、最後の一人の避難が終わった。
三人とも汗まみれだが、やるべきことをやり遂げた顔で笑顔を交わしたその時。
遠くから地響きと共に、山間の村へ両軍が迫っていた。




