託す。
夜半だった。
扉を叩く音に佐之助は目を覚ます。
妻と子供を起こさないように、佐之助は剣を握り、玄関へと向かう。
用心しながら声をかける。
「こんな夜半に何事だ。」
「佐之助さん、すまない。開けてくれないか。」
聞き覚えのある声。
今は、鍋蔵と名乗っている男だ。
剣で敵わなかった男。
共に戦った男。
信頼できる男。
様々な思いが込み上げる。
佐之助は、そっと扉を開ける。
憔悴しきった鍋蔵の顔を見て息を呑む。
「どうしたんだ。」
他に言葉を思いつかなかった。
擦り切れ、泥に塗れた着物。
月が鍋蔵の影を映す。
佐之助は、周りに人がいないのを確認し、鍋蔵を家に入れる。
「頼む。」
鍋蔵は一言だけ、吐き出すように呟く。
「落ち着け。」
佐之助は、土間に鍋蔵を座らせ、水を差し出す。
鍋蔵は、一息で水を飲み干す。
佐之助は、鍋蔵が口を開くのを待つ。
「技王を都へ連れてきた。」
佐之助は鍋蔵の顔をまじまじと見る。
「彼を助けてやってほしい。」
佐之助は腕を組む。
外からは、鈴虫の声だけが聞こえる。
「俺は軍人だ。将軍からは技王の国を併呑するように指示を受けている。明日には先発隊が出発する。」
佐之助は、一口水を飲む。
「もう止められん。」
「それは構わない。ただ、技王を生かしてやってほしいだけだ。できるだけ人が死なないようにだ。」
鍋蔵はニヤリと笑う。
「国は失っても構わん。民を死なせたくないんだ。」
佐之助は、鍋蔵の真意を測りかねる。
この男は、今だに測りかねる。
その思いが、静かに込み上げるばかりだった。
「技王は理想家だ。国を治める力はない。だが民を幸せにしたい心は本物だと思う。」
鍋蔵は、自分の手を見つめる。
「俺は、それを助けたいと思う。だから、佐之助さんに頼みにきたんだ。」
「相変わらず、無茶なことを言ってやがる。」
佐之助はため息をつく。
「どうしたいんだ。」
「技王の国に住む人たちは豊かだった。」
鍋蔵の手が白くなるほど握りしめられている。
「俺には政治はわからん。」
しばらく黙った後、
「だが、あいつならもっと多くの人を救える気がする。だから生かしてやりたい。」
「お前は変わらんな。」
佐之助はため息をつく。
静かに夜は更けていった。




