かりんとう。
武虎は縁側で汗を拭う。
「修行ばかりでは身が持たないでしょ。」
母が、茶とかりんとうを持ってきてくれた。
深い皺が刻まれた痩せた手。
苦労をかけているな。と武虎は思う。
俺が名実共に天下無双であれば、苦労させずに済むのに。
「あんた達は本当にそっくりだね。父上とおんなじだ。」
最盛期を過ぎた父は、今では、たくさんの門下生の指導にその一日の大半を使っている。
本来なら、兄がそうなっている筈だった。
池の鯉を見つめながら武虎は思い出す。
かりんとうは兄の好物だった。
修行の合間に母は二人分の茶とかりんとうを持ってきてくれた。
「お前が食え。」
兄はいつもかりんとうを分けてくれた。
兄の好物だと知ったのは、兄が家を出てからだ。
父は厳しかった。
代々続く、将軍家の剣術指南役。
守永家の長。
その責任を果たすため、日夜修行に打ち込む姿ばかりを見ていた。
父が、老いを感じ始めた時。
その全てを兄へと伝えた。
武虎は、その兄の姿をずっと見ていた。
兄が家を出て行った日。
泣き崩れる母。
背を向ける父。
置いていかれた、代々伝わる刀。
武虎は、その背中を追いかけることができなかった。
武虎は教えてもらったことは全てできるようになろうと思った。
「剣は腰で振れ。」
「刃ではなく、鍔で切れ。」
父の教えを心に刻み込み、日々修行に打ち込んだ。
だが、兄には敵わなかった。
きっとその先にあるものに、まだ俺は手が届いていない。
苛立ちが武虎を奮い立たせる。
木刀を握り、立ち上がりかけた時、門弟が声をかける。
「武虎先生、中村様からの使者が来ております。」
武虎は怪訝な顔をした。
しばらくのち。
武虎は緊張していた。
横には佐之助。
幼い頃から、世話になった人だ。
佐之助の落ち着いた息遣いで少しだけ安心する。
目の前には右将軍、泰山。
恐れ多くて顔を上げることも憚られる存在だ。
目の前には豪華な異国の菓子があるが、とても手を出すことができる雰囲気ではなかった。
「佐之助。技王の国が落ちたとは本当か。」
「左様でございます。」
武虎は息を呑み込む。
「例の外国勢力の所為なのか。」
「左様と存じます。」
佐之助は短い返答の後、顔を上げる。
「民のため、戦さは平定するが良いかと存じます。」
泰山は、腕を組み考え込む。
「これは好機だ。兵は好きに使って良い、技王の国を併呑してしまえ。」
「はい。」
佐之助は短く返事をする。
「このまま、この国を一気に飲み込んでしまうぞ。」
泰山は口元を歪める。
「長らく続く、戦乱を終わらせる好機だ。」
泰山は、視線を武虎に向ける。
「貴様が、守永の次男か。長男のような馬鹿なことはするな。わしの駒であり続ければ、それなりの地位は約束しよう。」
武虎はただ、平伏するだけだった。
二人は、将軍の間を辞した。
「佐之助さん、兄は馬鹿なことをしたんでしょうか?」
佐之助は答えず、首を振る。
夕暮れの風が、静かに二人を包んでいた。




