蝉の声。
雲海は一人鬱々と酒を飲んでいた。
夏凛は、遠巻きに見守る。
雲海にはそれが有り難かった。
「技王が国を追われたんだってな。」
夏凛は頷く。
「話してくれた商人は、子龍って奴が国を乗っ取るっていってたが本当なのか?」
「技王は小さい時から、周りのことに気がつかない子だった。当然の結果でありんす。」
「あんた、技王の姉なんだろ。なんでこんな鄙びた温泉街にいるんだ。」
夏凛は、雲海の盃を一息で飲み干す。
「あたしは女だから、王にはなれなかった。母親の後を継いでここに来たでありんす。」
雲海は、夏凛に酔った眼差しを向ける。
「ならなかった。じゃないのか?」
夏凛は遠くを見るように目を細める。
「あの子は小さい頃から、王になることが決まっていたでありんす。城の外のことを知る機会があればと、今でも思うでありんす。」
雲海は盃に酒を注ぎ、夏凛の方へ押しやる。
「私が王になっていれば、とも思うし、あの子だから良かった、とも思うでありんす。」
外の蝉の声が遠くに聞こえる。
「こんな昼間から酒を飲んでる、生臭坊主にする話ではなかったでありんす。」
雲海は苦笑する。
「そろそろあいつの鍋が食いてえなぁ。」
雲海は大きく伸びをした。
蝉の声がうるさいほどだ。
その頃、鍋蔵達は旅を急いでいた。
追っ手の姿は見えないが、せき立てられるように馬を走らせる。
「ちょっと寄り道していかないか?」
鍋蔵の言葉に技王は怪訝な顔をする。
「お前の姉がいる温泉街が近い。姉に会っていけ。」
「国を失った俺に、どんな顔して会えって言うんだ。今は一刻が惜しい。」
「こんな時だからこそだ。」
鍋蔵は真っ直ぐにただ前を見つめていた。
その日のうちに温泉街へと二人は辿り着いた。
鍋蔵は迷いなく、夏凛の店へと向かう。
「ここだけは変わらないな。」
技王は街の様子を眺めながら呟く。
雲海は、意外そうな顔をする。
「そろそろお前の鍋が食べたくなってきた頃だ。よくわかったな。」
鍋蔵は苦笑いする。
「夏凛、台所を貸してくれ。」
鍋蔵の言葉に、夏凛は奥の間から顔を出す。
「お久しぶりでありんす。」
夏凛の目が技王で止まる。
「随分とやつれているでありんすな。」
夏凛は、目を細める。
鍋蔵と雲海はそっと台所へと姿を消す。
「姉さんの言う通りだったよ。俺は失ってしまった。」
技王は疲れ切った体を床に投げ出す。
夏凛はその横に座り疲れ切った弟の頭を愛しそうに撫でる。
「体ばかり大きくなって、主の中身は昔のままじゃ。」
技王は、頬に流れるものをそのままに天井を見つめる。
「雲長を死なせてしまった。」
夏凛の細い指が、動くのを止める。
「あいつは俺の夢の一番の理解者だった。一緒に夢を見れたのはあいつだけだったんだ。」
蝉の声がうるさいほどだ。
「あいつは、俺に出来ないことをしてくれた。俺は俺の半身を失ってしまった。」
「それでも…。」
夏凛は座り直し、言葉を続ける。
「それでも腹は減るでありんす。」
台所からは微かな味噌の匂いが漂ってくる。
「父上も母上も、あの世から主がどう生きるかを見てくれておるでありんす。」
鍋蔵は、湯気をたてる鍋を運んでくる。
後ろから酒を抱えた雲海が小躍りしそうな表情でついてくる。
四人で鍋を囲む。
それぞれの想いを湯気が包む。
一人顔を赤くするほど盃を傾けていた雲海。
空になった椀を見つめる。
沈黙を破るように雲海が口を開く。
「俺も一緒に都へ行く。」




