延焼。
鍋蔵は、火傷の痛みで目を覚ます。
先日の火事の記憶が蘇る。
あと少しで届いていたかもしれない手。
鍋蔵は自分の手をじっと見つめる。
火傷が癒えるまで、技王の城の一室を借ることになっている。
部屋には桜一人。
「小太朗は、技王の発明を見せてもらうって朝から若い兵士と出かけたわよ。」
鍋蔵は頷く。
「桜は行かなかったのか?」
「興味ないもん。」
桜は鍋蔵の包帯を慣れた手つきで替える。
鍋蔵はふと思い出す。
あの夜、雲長は鍋蔵の襟元を手が白くなるほど固く握りしめた。
絞り出すように言った言葉は
「…ありがとう。」
ただ一言だった。
「…雲長は、どうしてる?」
「もう普通に仕事してるらしいわよ。」
包帯を替え終わった鍋蔵と桜は、技王の居室へ。
「鍋蔵、もういいのか?」
「大分良くなった。」
技王は、二人に長椅子に座るように促す。
「雲長は、あれから自分を痛めつけるように、仕事に没頭している。」
小姓が、急須から湯呑みに茶を注ぐ。
湯を落とした瞬間、茶葉がゆっくりとほどける。
閉じていたものが解けていく。
次に立ち上るのは、甘くもあり、乾いた木のようでもある香り。
烏龍茶特有の半発酵の香気だ。青さと焙煎の境界線。
湯呑に注がれた液体は、透き通った琥珀色。
表面に揺れる薄い湯気が揺れている。
一口。
まず軽い渋みが舌の表面を締める。
直後、遅れてくる甘みと香ばしさ。
桜がほうっと息を吐く。
「飲んだことないお茶だけど、美味しいわね。」
「西の方から取り寄せた茶だ。」
このお菓子も美味しい。」
「これも西方の月餅というお菓子だ。」
しばし、沈黙が流れる。
「俺は、俺が今までしてきたことが正しいのかわからなくなってきた…。」
鍋蔵は湯呑みをじっと見ながら続ける。
「目の前の一人を救うことが本当に正しいのだろうか?」
「おっさん、疲れてるんじゃない?」
「そうだな、少し離れたところに温泉がある。火傷にも効くそうだから行ってきてはどうだ。」
「しかし、桜と小太朗はどうすればいい?」
「二人ともしばらく預かっておく。心配はいらん。」
鍋蔵は頷く。
小太朗は、若い兵士に尋ねる。
「これは何?」
一つ車輪がついた手押し車。
「これは細い道で荷物を運ぶための道具だ。」
「こっちは?」
「これは、弩といって矢を飛ばす機械だ。練習しなくても矢を飛ばせる。試してみるか?」
小太朗は頷き、弩を受け取る。
若い兵士に教えられ、的を狙う小太朗。
引き金を引くと矢はまっすぐ的を射抜く。
「凄いね。」
「何本も矢を飛ばせる、連弩というものも作っている。」
「あの大きな物は何?」
小太朗が指差したのは15メートルほどもある、木造の装置。
「あれは投石器だが、人の力では飛ばせないほど大きな石を飛ばせるんだ。」
若い兵士は胸を張る。
「俺達の国は人が少ないからな。こうやって発明品を使えば、他の国とも対等に戦える。」
二人は日が暮れるまで、技王の発明品を見て回った。
翌日、小太朗と桜を残して、鍋蔵は一人で湯治に行くことになった。
技王が準備した馬車に揺られ、城を後にする鍋蔵。
見送りには雲長も顔を出した。やつれて目の下に隈ができ、目は異様な光を放っているが表情は穏やかだ。
鍋蔵を見送る二人を技王と雲長は見つめていた。
技王の耳元で雲長が何かを呟く。
「この前の火事は、子龍の仕業か。」
技王の顔に刹那の間、影が差した。




