参鶏湯。
翌日、ひとつ山を越えた場所には見たこともない光景が広がっていた。
川には水車がいくつもあり、それぞれが別の仕事をしているようだ。
「あれは何?これは?」
小太朗は一つずつ、馬車の御者台に座っている若い兵士に尋ねる。
「あれは精米したり、穀物を挽く水車。あっちは水を汲み上げて田んぼに水を運ぶ役割だ。」
若い兵士は嬉しそうにひとつひとつ丁寧に教えてくれる。
「全部、技王様が考えて作ってくださったんだ。お陰で農民は楽して、他の国よりも沢山の収穫を得ることが出来るんだ。」
若い兵士は胸をグッとそらす。
「確かに、見たことがないものが多いわね。」
「人の力をあまり使わなくてもいいように、工夫してるんだね。」
二人とも興味津々で水車に見入っている。
鍋蔵は二人と、若い兵士のやり取りを横目で見ながら欠伸をしている。
夕刻が近づき、今晩は野営することになった。
「今夜は、俺たちが料理を振る舞う。この地方は飯も美味いんだ。びっくりするぞ。」
指揮官の男が部下に指示を出し、夕食の準備が粛々と進められていく。
鍋の周りを兵士達が囲み、何を作っているのかは見えない。
小太朗と桜は興味津々で鍋に近寄ろうとするが、先ほどの若い兵士に止められる。
「出来てからのお楽しみですよ。」
二人は仕方なく辺りをぶらぶらと散歩する。
一日馬車に座っていたため、体のあちこちが変に痛む。
辺りはすっかり夕闇に包まれている。
雲が茜色に輝いているのを二人は肩を並べて見ていた。
鍋蔵はその間、指揮官の男と少し離れた場所で話をしていた。
表情からすると、深刻な話ではないようだ。
「お待たせしました。」
若い兵士が皆に声をかけて回る。
三人は、鍋の周りに車座になっている兵士たちの輪に加わる。
若い兵士が土鍋の蓋をそっと持ち上げた瞬間、
ふわりと立ちのぼる白い湯気が、鶏の旨味と薬膳の香りをまとって鼻腔を直撃する。
小太朗は唾を飲み込む。
ぐつ、ぐつ、ぐつ…
静かに、しかし確実に煮え続けるスープは、骨の髄まで溶け出した鶏のコラーゲンでほんのり乳白色。
表面には鶏の脂が薄く浮かび、夕焼けの光を受けて艶めいている。
若い兵士が手際良く、皆のお椀に鍋を注いでいく。
指揮官の男が合図をし皆一斉に
「いただきます。」
小太朗が箸を入れると、小さく分けてくれた若鶏の肉は、抵抗なくほろりと崩れる。
皮はとろり、身はしっとり、繊維の一本一本がスープを吸っている。
「お師匠さん、この鍋も美味しいですね。」
小太朗は満面の笑顔。
「…まあまあね。」
言葉とは裏腹に桜も箸が止まらない。
若い兵士が、別皿に若鶏の腹の中から取り出した餅米を注いでくれた。もっちりと膨らんだ餅米。
鶏の旨味をたっぷり吸い込み、噛むたびにじゅわっと旨味が溢れ出す。
そこに絡むのがほのかな苦味と甘みを持つ高麗人参、
ねっとりとしたコクを加えるナツメ、そしてにんにくの丸ごと一片が、スープに深みを刻む。
熱い。だが止まらない。
舌に触れた瞬間、優しい塩気と滋味がじんわり広がり、喉を通る頃には体の芯から温まる。
気づけば、皆無言。
ただ、食べる。
ただ、すする。
沈みそうな夕日が、満足そうな皆の表情を照らしている。




