五里霧中。
馬に乗った綺麗な鎧の男が侍に声をかけた。
「一騎当千とはこのことだ。」
男は馬を降り、鍋蔵の目を見据える。
「…誰だ。」
小太朗が声を振り絞る。
その拳は、白くなるほど握りしめられている。
「俺は技王様の軍の指揮官だ。実に見事だった。」
男は鍋蔵の隣に腰を下ろす。
殺気がないのをわかっているのか、鍋蔵は自然体で座っている。
男は髭を触りながら侍に話しかける。
「お前、名はなんと言う?」
「鍋野鍋蔵だ。」
男は首を傾げる。
「…聞いたことないな。」
鍋蔵は、肩をすくめる。
「言いたくないならそれもいいさ。お前、技王様に会ってくれないか?」
鍋蔵の眉間に皺が入る。
「なに、悪いようにはしないよ。」
男は鍋を覗き込みながら続ける。
「俺たちには、お前みたいな男が必要なんだ。」
男は鍋を分けてもらい、舌鼓を打つ。
「これはうまいな。粗末な材料だが火加減と味噌の具合がいいな。」
食べ終わった男は、鍋蔵に声をかける。
「明日、日が出る頃に迎えにくる、荷物はまとめておけよ。」
男が馬に乗って去っていくのを三人は見送る。
「大丈夫?怪しくない?」
桜が口を開く。
「お師匠さん、逃げるなら今のうちですよ。」
小太朗は不安そうな表情。
「どのみち、技王には会いにいくんだ。連れて行ってくれるなら僥倖だ。」
鍋蔵はその場に大の字に寝そべる。
周りを見渡せば、兵士達も村人達も関係なく肩を叩き合って笑い合ったり、寝転がったりしている。
「小太朗、腹を括るしかないみたい。」
桜の言葉に小太朗は渋々頷いた。
翌朝、辺りは霧に包まれていた。
小太朗が起きた時、鍋蔵も桜も起きていた。
桜は一晩眠れなかったようだ。ひどい顔をしている。
「小太朗、荷物は大体まとめてある。あとは昨日の男を待つだけだ。」
小太朗は大きくため息をつき、自分の荷物をまとめる。
霧の中から馬の蹄の音が聞こえてくる。
三頭ほどの蹄の音。
小太朗と桜の体が緊張で強張る。
「起きてるか。鍋野、馬に乗れ。」
昨晩の男だ。今日も鎧や髭は綺麗だ。
「俺だけじゃなくて連れがいるんだが。」
鍋蔵は小太朗と桜を指し示す。
「…そうか。ちょっと待ってろ。」
男は懐から小さな笛を取り出し、短く吹く。
笛の音に反応して、遠くから別の蹄の音がする。
「これだけ馬がいれば、みんな乗れるだろ。」
男の周りには六頭の馬にそれぞれ兵士が乗っている。
小太朗と桜は、それぞれ兵士の後ろに乗せてもらう。鍋蔵は馬を一頭与えられヒラリと背に乗る。
「さて行こうか。」
男が馬に鞭を打つと、それを合図に馬達はまとまって走り出した。
本隊に合流した後、男は部下達にあれやこれやと指示を出す。
しばらく後には、二頭の馬に引かせた馬車が用意された。
「お前達、これに乗れ。慣れない馬は疲れるだろ。」
鍋蔵達は、荷物を馬車に積み込む。
「ここから二日ほどで技王様の城だ。しばらく馬車の旅を楽しんでくれ。」
小太朗は不安に押しつぶされそうになりながら、馬車へと乗り込んだ。




