岩之助、恋の季節。
武虎と別れてから数日。
旅は順調だ。
桜が仕留めた兎を焚き火で炙る。
「塩振っただけでも美味しいね。」
桜は兎に齧り付く。
口の中に脂と旨みが染み渡る。
小太朗は、手に持った兎をじっと見つめる。
「食べんのか?」
鍋蔵の言葉に小太朗は首を振る。
「血抜きとかにまだ慣れなくて。」
「食わんと旅を続けられんぞ。」
小太朗は目を瞑って齧り付く。
ここは見渡す限りの平原。
遮るものはない。
優しい風が三人を包む。
三人は思い思いに寝転がる。
空には入道雲。
夏の訪れを告げる。
ゆったりとした時が流れる。
このまま、この時が続けばいいのにと小太朗は願う。
静寂を破るように遥か彼方から奇声が聞こえてくる。
徐々に近づいてくる声。
小太朗は頭をあげてそちらを見る。
どこかで見た顔だ。
「あっ、岩三郎だ!」
「違う!岩之助だ!」
気がつけば、風は止んでいる。
「鍋の!いざ尋常に勝負だ!」
鍋蔵は仕方なく立ち上がる。
大きく伸びをする鍋蔵。
岩之助は剣を抜いて構える。
奇声を発して鍋蔵に飛び掛かる岩之助。
空を切る剣。
小太朗はまたか、と思いその様子を頬杖をついて見守る。
暫くのち、予想通り肩で息をし地面に座り込む岩之助。
鍋蔵は肩をすくめる。
すっかり昼寝をしていた桜が目を覚ます。
「何?賑やかね。」
辺りを見渡す桜。
岩之助と目が合う。
岩之助が手にしていた剣が地面に転がる。
時が止まったようだ、岩之助だけ。
岩之助の顔がみるみる赤くなる。
「…。お義父さん!」
岩之助が、侍の手を握る。
ビクッとする鍋蔵。
「お嬢さんを私にください!」
「…は?」
桜は呆れ顔。
「お嬢さんの流れるような美しい髪、涼しげな目元。雪のように白い肌に、ひょっとこのように突き出した唇。これは運命の出合いなんです!」
あっけに取られる小太朗。
鍋蔵は苦笑いしながら口を開く。
「コイツは俺の娘じゃない。ただ預かっている身としては、どうしたもんかな…。」
「ちょっと、ひょっとこって馬鹿にしてるでしょ!」
それはそうだ。小太朗は激しく頷く。
「私はこんなどこの馬の骨ともしれないヤツ、嫌よ!」
鍋蔵は苦笑いする。
「この子は、強い男がいいそうだ。」
小太朗も口を挟む。
「言葉遣いも勉強した方がいいと思う。」
桜、大いに頷く。
「だいたい、このおっさんに勝てない程度じゃ話にならないわよ。」
桜の言葉に『それは無理でしょ』と小太朗は内心思う。
岩之助は、ガバッと起き上がり
「畜生!もっと強くなってまた会いにくるからな。」
言いながら走り去っていった。
徐々に遠くなるその姿を三人は見送りながら、苦笑い。
鍋蔵は肩をすくめる。
「賑やかな旅になりそうだな。」
三人の旅はまだまだこれからだ。




