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鍋侍と、弟子たち〜戦う前に、飯を食え〜  作者: now here man
第四章 天下無双

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天下無双を捨てた男。

風が止んでいる。

小高い丘を登る道は曲がりくねってどこまでも続いている。


小太朗は額の汗を拭う。

「技王のところまで、後どのくらいですか?」

街道を出てから一週間ほど。旅は順調に進んでいる。

「後、二週間はかかるんじゃない。」

桜が小太朗に答える。

「大人の足では二週間だな。」

侍は二人に告げる。


「飯にするか?」

侍は程よい広場を見つけ、荷を下ろす。

小太朗と桜も手際よく食事の準備を始める。


「今朝採った、野草と味噌で鍋にする?」

「そうだな。」

「もう飽きちゃった。」

話しながらもそれぞれ手を動かしている。

焚き火が爆ぜる音。

立ち昇る味噌の香り。

湯気は天に吸い込まれていく。


「妙だと思わない?」

桜はお椀を覗き込みながら言う。

「…美味しいよ。」

「そうじゃなくて、鳥の声が全然聞こえないんだけど。」

言われてみれば確かに。

この丘では、鳥の囀りや動物の鳴き声など聞いていない。

「…妙だな。」

侍は腕を組む。

「腹が減っては戦はできぬって言うでしょ。あったかいうちに食べようよ。」

小太朗は二人のお椀に汁を注ぐ。


ザッザッと足音がし、三人は振り向く。

足音を隠すつもりもないのであろう。

堂々とした立ち姿の男が立っていた。

「やっと見つけたぞ、兄者。」

「…。」

侍は無言で立ち上がる。

「こんなところで何してるんだ…。」

侍は男の言葉を手で制する。


侍は男の目を見据えながら答える。

「今の俺は、鍋野鍋蔵だ。」

「…かっこわる。」

桜が呟く。

「俺は気に入っているぞ。」


「姿を消したからどうしたのかと思えば、旅をしながら鍋だと。」

男は腰の刀に手を伸ばす。

「天下無双の名が泣くぞ。」

陽の光を受けて男の刀が光を放つ。

「昔の話だ。」

侍が木刀を構える。


ただならぬ様子に危険を感じた桜が小太朗の手を引き、二人から距離を取る。


いつのまにか、風が吹き始めている。

草の揺れる音が、五月蝿い。


睨み合う鍋蔵と男。

「武虎。腕を上げたな。」

ジリジリと間合いを詰める二人。

二人の気迫に、小太朗は固唾を飲む。


気勢と共振り下ろされる武虎の剣。

鍋蔵はするりと身を躱し、武虎の剣は空を斬りそのまま地面に大きな裂け目を残す。


呼吸を整える武虎。


武虎の刀が光を受けて煌めいた時思った刹那、鍋蔵はヒラリと身を躱し武虎の側面へ。

鈍い音をたてて武虎の刀が地面に落ちる。


いつのまにか風は止んでいた。


「まだまだだな。」

鍋蔵は言いながら、倒れ込んだ武虎に手を差し伸べる。

「兄者を倒せば天下無双の名が手に入るのに…。」

「そんなものいくらでもくれてやる。」

鍋蔵がニヤリと笑う。

武虎は悔しそうに顔を歪める。

「おっさん、意外とやるわね…。」

「お師匠さんは滅茶苦茶強いんだ!」

小太朗は、グッと胸をそらす。


「俺は兄者を倒して、天下無双になる。」

侍は肩をすくめる。

「天下無双の称号があれば、我らの一門末代まで安泰だ。」

「さっきも言った。称号なんてくれてやる。」

「兄者がそんなだから、親父もお袋も苦労してるんだ。大人しく家に帰って仕官しろ。」

「それは出来ない相談だ。お前が代わりに家を継げ。」

「そのためには、兄者を倒さねばならん。」

「もっと修行してこい。」

「くそっ。」


あっけに取られている小太朗と桜。

その様子に気がついた鍋蔵は二人に説明する。

「コイツは俺の弟の武虎だ。見ての通り滅茶苦茶強い。俺はコイツに家のことを任せて飛び出してきたんだ。」

侍は武虎を鍋の前に座らせる。

「お前も食え。」

言いながらお椀を渡す。

小太朗は恐る恐るお椀に汁を注ぐ。

桜は小太刀に手を伸ばしたまま、その様子を見ている。


「畜生、美味えじゃねえか。」

武虎は一気に平らげる。

空いたお椀に小太朗は再び汁を注ぐ。

「全く料理の腕を上げやがって。」

武虎は次も一気に平らげ、小太朗に向けてお椀を突き出す。

「三杯目はそっと出すもんだろ。」

侍の手が武虎の頭を叩く。

その様子を見て桜は、小太刀からやっと手を離した。


「ご馳走様でした。」

食後にしっかりと手を合わせる武虎。

こんなところは兄弟だと小太朗は思う。


「俺は武者修行だ。次は俺が勝つ。」

言いながら武虎は背を向ける。


その背中を見ながら、侍がかすかに笑っているのに、桜は気がついていた。

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