旅立ちの朝。
三人は宿屋を後にする。
いつまでも手を振ってくれていた女中の笑顔が、小太朗の脳裏に浮かぶ。
手には女中が持たせてくれた三人分のおにぎり。
小太朗の腰には真新しい算盤と小ぶりな木刀。
背中には使い古した小さな鍋。
桜は、新しい鮮やかな赤のリボンで髪を結んでいる。
風が桜の長い髪とリボンを揺らす。
侍はその揺れを目で追っていた。
「旅に必要なものは揃ったな。」
侍は軽く頷く。
手には様々な食材や調味料が入った風呂敷。
街道を歩き始めた侍に声を掛けるものがいる。
「ちょっと待て。」
振り返った先には佐之助。
小太朗と桜の肩が緊張で強張る。
「おい、そんな顔をするな。」
佐之助は、慌てた様子で腰に十手がないのを見せる。
「非番の日には子供にも優しいんだ、俺は。」
佐之助は近くの屋台で林檎飴を買い、小太朗と桜に手渡す。
陽の光を受けて、林檎飴の表面が輝く。
小太朗は思わず唾を飲み込む。
「こんなので騙されないわよ。」
言いながら桜も林檎飴を受け取る。
歯を立てた瞬間、ガラスみたいに張りつめた飴が砕けて、甘さが一気に舌に広がる。砂糖のコク、ほんのりとした焦げの香ばしさ。その奥から、遅れて現れるのは林檎の酸味。みずみずしい果汁が、飴の甘さを切り裂くように流れ出してくる。
表面は艶やかで硬質、けれど中は冷たく締まった果肉。温度も食感もコントラストが鮮烈で、口の中で小さな祭りが起きているみたいだ。
赤い飴の光沢は、陽の光を映して鈍く揺れる。
指先にほんの少しだけベタつく糖の感触すら、もうご馳走の一部。
気づけば、口元には細く伸びた飴の糸。
小太朗と桜の口元が綻ぶ。
最後に芯へ近づくほど、林檎の酸味が主役になる。甘さを洗い流しながら、もう一口、もう一口と手を止めさせない。
二人は林檎飴に夢中になっている。
その様子を佐之助は満足そうに見つめる。
佐之助も口元が綻んでいる。
侍は佐之助に声をかける。
「中村さん、俺達は街を出る。」
「知ってるよ。これを渡しに来たんだ。」
佐之助は懐から、手形を取り出す。
「旅を続けるなら、通行手形が必要だろう。」
小太朗に手渡しながら続ける。
「何て呼べばいいのかな。鍋の…。」
桜が口を挟む。
「おっさん名乗りたくないんだったら、鍋野鍋蔵でいいんじゃない?」
侍と佐之助は顔を見合わせて笑う。
「鍋野、俺はお前を諦めていないからな。いつでも戻ってこい。」
侍は苦笑いする。
「佐之助さん、ありがたくいただきます。」
言いながら、侍は手形を受け取る。
歩き始めた三人の背を春の風がそっと押す。
…その後ろ姿を追う影が一つ。
「やっと見つけた。」
ニヤリと口元を歪めた男。
その視線は侍だけを捉えていた。




