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鍋侍と、弟子たち〜戦う前に、飯を食え〜  作者: now here man
第三章 屋台

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軍鶏鍋。

小太朗と桜は早い時間に宿を出たようだ。

宿屋の部屋が広く感じる。


侍は傷の具合を確かめる。

痛みもだいぶ引いている。

そろそろ体を動かさないと鈍ってしまいそうだ。


襖が開き、女中が顔を出す。

「あら、起きたんですね。ご飯にします?」

侍は無言で頷く。


女中が準備のために台所へ向かうと、侍は部屋の片付けを始めた。

三人旅には少ない荷物。

これからの旅には色々と買い足さなければいけない。


そんなことを考えていると、女中が朝飯を運んできた。

麦飯と味噌汁に漬物の質素な飯。

味噌の香りが、侍の目を覚ます。


女中は食後のお茶を啜る侍に話しかける。

「坊ちゃん達が、読み書きを習うのに必要なものを買いに行くって言ってましたよ。」

侍は、意外に思う。

「…そうか。」

侍の口から出たのは、短い言葉だけだった。


屋台を閉めてから数日が経った。

路銀を確保できたので、二人はそれを有効に使うことに決めたようだ。


女中が出て行った後、侍は身支度を整える。

少し散歩でもしてみるか。


外は相変わらず賑やかで、様々な人々が行き交っている。


味噌の焼ける匂いにふと足を止めた侍は、元祖!屋台に気がついた。

行列ができている。繁盛しているようだ。若い男が、しっかり元を取ろうと商売熱心に大声を張り上げている。


その様子を見ながら腕を組んでいた侍に、声をかけたのは小太朗。

「お師匠さん、もう動いて大丈夫なんですか?」

見れば、小太朗と桜は両手に荷物を抱えている。

侍は無言で頷く。

「若くないんだから、無理しないでよね。」


小太朗は元祖!屋台に気がつき、ムッとしたように頬を膨らませる。

「僕が2度焼きを考えたのに…。」

「どうせ人真似だから、長くは続かないわよ。」

桜は小太朗の前だから落ち着いて言葉にしたが、内心穏やかではないようだ。着物の袖を握りしめている。


「お買い物で疲れちゃった。どこかで一休みしようよ。」

桜は気分を変えるように言う。

侍は頷き、小太朗を促す。


三人は街を散策し、軍鶏鍋の看板の前で足を止める。


店に入ると、雲海がいた。

三人を手招きする。

「お主どこにでもいるな。」

侍が口を開く。

「この街は俺の庭だ。それより軍鶏鍋一緒に食べよう。」

雲海は大声で追加分の注文をする。


四人は言葉少なく、鍋を見つめる。

「よし、頃合いだ。」

雲海が蓋を開ける。


鍋の蓋をずらした瞬間、ふわりと湯気が立ち上る。


濃い醤油の香りに、甘く溶けた脂の匂いが重なり、鼻の奥をじわりと刺激した。

思わず喉が鳴る。


鍋の中では、軍鶏の肉がゆっくりと煮えている。

締まった身は崩れず、噛みごたえを残したまま、出汁の色をしっかりとまとっていた。


桜は箸でひと切れ持ち上げる。

照りのある肉から、じわりと脂が滴る。


口に運ぶ。

…硬い。桜はゆっくりと噛み締める。


桜の目に涙が浮かぶ。

「やっぱり屋台の事は、悔しい…。」

「もう、済んだことだ。」

侍が答える。

四人は無言で箸を進める。


噛めば噛むほど、濃い旨味が滲み出す。

鶏とは思えぬ力強い味が、舌の上で広がった。


小太朗は無言でお椀を見つめる。

そして、飯をかき込む。

熱い麦飯が、鍋の旨味を受け止めてくれる。

鍋に戻る。

今度は葱。

くったりと煮えた長葱は、とろりと甘い。

軍鶏の脂を吸い、口の中でほどける。


そこへ、山椒をひと振り。

香りが立つ。

再び肉を口へ。

小太朗の目にも涙が。

「お師匠さん、僕は助けてもらわなくてもいいようになる。」

絞り出すように言葉を出す。


…山椒の辛味と香りが、濃厚な旨味を一気に引き締めた。


侍は三人を見渡し口を開く。

「そろそろ、旅に戻ろうと思う。」

四人の間に沈黙が流れる。

それぞれの想いを、鍋の残り香が包む。


侍は空になった鍋に目を落とし、唇を噛み締める。

手の届かなかった鍋の記憶が、胸の奥で静かに燻っていた。


桜は鍋から目を上げる。

「私は、悔しい思いをしなくていいように、もっと強くなる。」


雲海が湯呑みを持ち直しながら喋る。

「わしも旅に出る。見ておかねばならん事があるようだ。」


空っぽの鍋を囲み、それぞれの夜が更けていった。

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