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鍋侍と、弟子たち〜戦う前に、飯を食え〜  作者: now here man
第三章 屋台

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熾火。

侍は目を開けた。

夢の断片が脳裏をよぎる。

全身にまとわりつく汗が、不快感を増長する。


行燈の灯りが揺れる。

その光に照らされて女が一人。

「目が覚めたかい。」

侍は横になったまま、首だけそちらに向ける。

「熱が出てるからね。汗をかいた方が早く良くなるよ。」

言いながら新しい濡れ手拭いを用意している。


「…看病してくれてるのか。」

女中は頷く。

「あの子達を見てたらね。何よりあんたの作った鍋は美味しかったから。」

侍は目を閉じる。

「すまん…。」

女中は、侍が寒くないように布団を掛け直す。


「…あんた、どこか死んだ亭主に似てるんだよ。」

侍は、返す言葉を見つけることができない。

「何かに夢中になったら、ご飯を食べるのも忘れる奴でね。」

女中は遠い目をする。

「私はよく言ったもんさ。食べなきゃ生きていけないよってね。」

侍は小さく呟く。

「あの時、同じことを言われた…。」

背中の傷が熱を帯びる。


女中はそっと目元を押さえた。

「あの子達のためにも、早く怪我を治すんだよ。」

女中は静かに立ち上がり、部屋を出ていった。


侍はただ、部屋の片隅に置かれた鍋を見つめていた。

今は、誰かのために腹を満たすことのない鍋を。



…全身を鉛が包んだような重さ。

激しい息遣い。

敵兵に斬りつけられた傷が焼けるようだ。


自陣へたどり着いた仲間達の数は数えなくてもわかる。日毎に減っていく。


地面に大の字に寝転び、天を睨む。

どこまでも青い空は、何も答えてはくれない。


どこからか、いい香りが漂ってくる。

力なくそちらは目をやると、その女がいた。

煤に汚れているが、微塵も気にせず鍋の料理を皆に配っている。

気丈な笑顔は今日も変わらない。


侍はその女の名前も知らない。

ただ、命を繋ぐための鍋。

そのためにいる女。

ただ、鍋を作る女だった。


湯気の向こうから女の声が聞こえる。

「あんたも食べなさい。食べなきゃ生きていけないよ。」

泥のように疲れ切った体を引きずって鍋の方へ。

女が差し出したお椀を一気に呷る。

五臓六腑に染み渡る暖かさ。

徐々に生きる、生きたいという感情が蘇ってくる。

この鍋に何度救われたのだろう。



記憶が途絶え、別の場面。

自陣が炎に包まれている。

侍は誰かを探している。


誰を?自問自答する。

あの女だ。湯気の向こうからいつも微笑んでいた女。

名前を知らない。


あの女の安否だけが気になっていた。

炎と煙に包まれながら、必死に探す。


見つけた。

まっすぐな長い髪、痩せた背中。

細くて白い手には、幼い子供を抱き抱えている。

すでに生き絶えたその子供を慈しむように抱き抱える女。

「こんなところで、何をしている。早く逃げろ。」

掠れた声しか出なかった。

「あんたも食べなさい。食べなきゃ生きていけないよ。」

女の頬に涙が伝う。

「この子にも食べさせてあげたかった…。」

侍は白くなるほど拳を握りしめるだけだった。


…再び戦さ場から戻った時には、女の姿は見当たらなかった。

「俺は、戦を選んだ…。」



侍は夢の中、苦しげな表情を浮かべた。

目を開けた侍は、鍋に手を伸ばす。

冷え切った鍋。

まだ手は届かない。


「俺の役目は終わってない。」

侍の言葉は、宙に消えた。

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