食えなかった鍋。
燃え盛る炎。
虚しく響く子供の泣き声。
手付かずのまま冷めてしまった鍋。
誰かに食べさせるはずだった鍋。
侍は汗だくになって目を覚ます。
「終わったことだ。」
一人呟く。
二人は静かに寝息を立てている。
屋台は今日も繁盛している。
昨日買えなかった客、昨日食べてまた食べたいと言う客。老若男女、期待に顔を輝かせながら行列に並んでいる。
桜の元気な声が街道にこだまし、小太朗も手際よくおにぎりを焼いて行く。
…侍の手が、ほんのわずかに止まる。
「お師匠さん、追いつかないから手伝ってください。」
小太朗の言葉に我に帰る。
行列は続く。何事もなかったように。
「誰に断って屋台を出しているんだ!」
誰もが振り返るような大きな声。
昨日の十手の男が数人の部下を連れて現れる。
「許可なんているのか!」
桜が顔を真っ赤にしながら言い返す。
小太朗は、何が起こったのか分からずに、固まっている。
「こんなに沢山のお客さんが並んでるんだ。後にしてくれ。」
侍の言葉に男は顔を歪める。
「お前に指図される覚えはない。」
男は部下に合図し、行列の客達を追い払う。
「お前はこんなところで、こんなことをしている男ではないはずだ。今からでも遅くない、戻ってこいよ。」
男の言葉に、侍は顔を顰める。
「あの時の俺はもう死んだんだ。また、あんたの下で働く気はない。」
侍の言葉に男は思わず十手に手を伸ばしかける。
「相変わらず頑固だな。」
男は肩の力を抜く。
「ここでの商売は駄目だ。お上の許可を取れ。」
睨み合う、侍と男。
どこからともなく、ふらりと坊主が現れる。
「わしの許可でもダメかい?」
男は坊主の顔を見つめる。
しばらくの沈黙の後、男はやれやれとでもいうように、肩をすくめる。
「わかったよ。」
くるりと背を向け、部下達と共に十手の男は去っていった。
…誰も、何も言わなかった。
「あんた一体何なんだ。」
桜は怪訝そうに坊主に尋ねる。
「雲海だ。こう見えてもちゃんと坊主だぞ。」
「仏門に入っているにしては、煩悩まみれに見えるがな。」
侍の言葉に坊主は大笑いする。
「仏様も現世の楽しみの邪魔はしないさ。」
桜は苦笑いする。
「今日は商売あがったりだろ。甘味でも奢ってやる。三人とも付いてこい。」
坊主は慣れた感じに甘味処に入っていき、手招きする。
「鍋の。あの十手の男は何者だ。」
坊主は出された茶を啜る。
「…昔の上役だ。」
小太朗は侍の顔を見上げた。




