過去との対峙。
「お師匠さん、背中流しますよ。」
銭湯の喧騒の中、小太朗が侍に言う。
侍は無言で小太朗へ背中を向ける。大きな、傷一つない背中。
小太朗は、力を込めて侍の背中を擦る。
「小太朗、力入れすぎだ。」
言いながら、侍は笑っている。
気がつけば、先ほどより客が増えている。
仕事帰りにひとっ風呂浴びようと言う人々が続々とやってきたようだ。
「のぼせる前に上がるぞ。」
侍は小太朗を促す。
小太朗は少し残念な顔をしたが、大きく頷く。
銭湯の外に出ると、桜は早くも風呂から上がっていたようだ。
夜風にあたって、長い髪が揺れている。
「さあ、宿に戻って飯にしよう。明日も忙しくなるぞ。」
侍が桜に声をかける。
提灯の灯りで、街並みが照らされている。
昨晩は雨で分からなかったが、この街は夜でも人の往来が多い賑やかな街のようだ。
すっかりと日が暮れても人通りが多い。
桜はすばしっこく人混みの間を縫って歩く。小太朗は遅れまいと必死について行く。
その後ろで侍は、二人を見失わない程度について行く。
「おい。」
呼びかけられた侍が振り向く。
「やっぱり間違いない、久しぶりだな。もう死んでるもんだと思ってたよ。」
腰に十手を挿した男、屋台を遠くから見ていた男だ。
侍の体がわずかに強張る。
「こんなところで何してるんだ。早く戻ってこいよ…」
名前を言いかけた男を侍は手で遮る。
「その名は捨てた。」
侍は吐き捨てるように言う。
「やっぱりお前か。…まぁいいさ。また会おう。」
十手の男はくるりと背を向け、振り返らずに去っていった。
その背中を見つめる侍の目には、暗い光が宿る。
しばし考え込んでいた侍は、大きく息を吐き宿屋へ向かって足取り重く歩き出す。
宿屋の前で二人は待っていたようだ。
侍に気がついた小太朗が笑顔で侍に駆け寄る。
「お師匠さん、早くしないとご飯がなくなっちゃうよ。」
侍は強張った笑みを浮かべる。
その様子を見た桜は怪訝な顔をする。
「おっさん、何かあったの?」
少し間があって侍が答える。
「…疲れただけだ。」
そんな二人に気が付かず、小太朗は「明日も忙しくなるな」と笑顔で宿屋の暖簾をくぐった。




