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鍋侍と、弟子たち〜戦う前に、飯を食え〜  作者: now here man
第二部 旅の始まり

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11/22

炎の酒鍋

力王の村を離れて、早三日。

春らしい気持ちの良い天気が続いている。

小太朗の鶯色の着物の裾が風に揺れる。


どこまでも続く山道を、東の技王の村へ向かって三人で進む。


「そろそろ、晩飯時だな。今日はここで野営しよう。」

山の中腹の開けた場所、近くに湧水もある。

「じゃあ、僕は薪を拾ってくるよ。」

「私は何か獲物を捕まえてくる。」

「では俺は野草をとってくる。二人ともあまり離れるなよ。」

頷く二人。

「それから、日が暮れる前にはここに戻ってくる事。」

日は傾き始めている。午後四時くらいである。


小太朗は周囲に警戒しながら、獣の足跡がないかを確認しながら薪になりそうな木を集める。


ある程度集めた薪を両手で抱えて、野営地へ戻ってきた時、桜の声が聞こえた。

「おっさん、すまん。鴨しか取れなかった。鴨肉は臭いけど我慢して食べよう。」

「おっさんじゃない、お師匠さんと呼べ。」

小太朗は言う。

桜は切れ長の目をさらに細め、顔を赤くしながら小太朗を睨む。


「私は兄者、力王より強くなければ認めない。」

桜は腕組みをしながら言う。

侍は、そんな二人を横目に鍋の準備を始める。



酒を鍋に入れ、強火で沸騰させる。

底から細かい泡が立ち上り、やがてぶくぶくと大きく膨れ上がる。

鼻に抜けるのは、ただの酒ではない。甘く、華やかで、どこか焦げたような香ばしさを含んだ匂い。


小太朗と桜は鍋を見守った。

「お師匠さん、なんでお酒なんかもらってきたのかやっとわかったよ。」

「このおっさん、お酒飲めないんでしょ。宴の時一杯飲んで真っ赤になってたよ。」

「お師匠さん、です!」

桜はプイッと横を向く。


酒の香りは次第に濃くなり、鼻の奥をくすぐる。

鍋から白い湯気が噴き出したところで、侍は焚き火の火を移し、酒に火をつけた。


ぼっ、と音を立てて炎が立ち上がる。

青白い火が揺れ、酒の表面をなぞるように踊る。

一瞬で辺りに広がる、焼けた酒の甘く鋭い香り。


小太朗と桜は思わず声を上げた。


鍋は沸々と煮え、炎が消えたあとも熱は残り、白い湯気が夜空へと吸い込まれていく。

侍は薄く切った鴨肉を箸でつまみ、鍋にくぐらせる。


じゅっ、と音が弾けた。


肉の表面から一瞬で脂が溶け出し、酒の中に広がる。

透明だった酒が、ほんのりと黄金色に濁る。


二人も慌てて真似をする。

焚き火のパチパチと燃える音だけが聞こえる。


酒の芳醇な香りに、鴨の脂の甘い匂いが重なっていく。

腹の奥を直接刺激する匂い。


表面に浮いた脂が、火の光を受けてきらりと光る。

鴨肉の一枚一枚が、旨味の塊であることを主張している。


桜はゆっくりと肉を口に運ぶ。


噛んだ瞬間、じゅわりと熱い脂が弾ける。

酒の熱でほどけた鴨の旨味が、舌の上に一気に広がる。


「……美味い。」

桜は呟いた。

「鴨肉の臭みが、酒のお陰で綺麗に飛んでいる。」

小太朗はにっこりと笑う。

侍は優しく頷く。


「…確かに料理の腕はある。でも私は認めない!」

そう言いながらも、桜の箸は止まらない。


小太朗は呆れて、黙々と肉を口へ運ぶ。

一口ごとに、体の芯が温まっていく。

「お師匠さん、滅茶苦茶美味いです。」

小太朗は侍にお椀を差し出した。

桜も負けじとお椀を差し出す。


…二人とも腹一杯食べて満足したようだ。

体の奥からじんわりと熱が広がり、まぶたが重くなる。


うつらうつらとし始める。


侍は二人が寒くないように、薄い布団をかけてやる。

火のそばにはまだ鍋があり、かすかに湯気を立てている。


静かな夜。虫の鳴き声だけが聞こえる。


侍は月を見ながら、一人呟く。

「二人とも育ち盛りだからな。食わせてやらねば。」


その声は、どこか苦しそうだった。

静かに夜は更けて行く。

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