お転婆娘と小太朗と鍋侍
「ありがとう、生き返ったよ。」
男は竹筒を小太朗に返しながら言う。
「どうしたんですか?」
「都から逃げ出してきたんだ。もう都では生きていけねえ。」
男は地面に座り込む。
「お貴族様の横暴で、俺達は明日の飯も食えねえ。全部年貢で取られちまった。」
男の肩は小刻みに震えている。
小太朗は、男の言っていることがうまく理解できず、固まってしまった。
「何があったのか、教えてくれないか?」
侍が男に問いかける。
「都では、権力争いで戦が起こっている。そのために金がいるんだろう。俺たちから取り上げる年貢がどんどん増えている。」
男は天を見上げ、ため息をつく。
「若い男は戦に駆り出され、女は武器を作るのに駆り出されている。物の値段も上がっていくばっかりだ。」
周りの村人達も頷いている。
「俺達が作った作物は、ほとんどが年貢で持っていかれちまう。」
村の男が言う。
「私の息子も帰ってこないんだよ。」
老婆が泣きながら言う。
「まずは、これを食べて落ち着け。残り物だが美味いぞ。」
侍は、先ほどの米の包みを男に渡す。
男は包みの中の米を一口食べて涙をこぼす。
「こんな美味いもん、久しぶりに食べた。俺の子供にも食わせてやりてえ…。」
この様子を見ていた力王は、大声をあげて泣き出した。
顔が真っ赤なのは酒のせいなのか、感情の高ぶりなのか。
「俺は貴族に沢山年貢を取られても、この村だけは飢えさせねえと思ってきた。でも困ってるのはこの村だけじゃないんだ。」
盛大に鼻を啜り、力王は続ける。
「俺は世間知らずだった。恥ずかしい!」
力王は鍋侍の目をまっすぐ見つめる。
「鍋の、あんたなら世間のことを俺より知っているだろう?俺はどうすればいい?」
「まずは自分ができることをすればいい。」
「俺は世間のことをもっと知らなければならない。」
力王は真っ赤な目を侍に向けながら続ける。
「あんたと一緒に旅に出れたらいいんだが、俺はこの村、生まれ育った村を守らなければならない…」
力王はゆっくりと周りを見渡す。
そして、村人達の輪の中にいる少女に向かって手招きをする。
「コイツは俺の妹の桜だ。俺の代わりに連れて行ってくれないか。」
「いや、しかし二人でも食べるのに精一杯なのだ。」
小太朗は頷くが力王は諦めない。
「コイツは身軽だし、狩りもできる。自分の食い扶持ぐらいなんとかできる。」
桜が口を開く。
「いくら兄者の言いつけでも、どこの馬の骨かもわからないやつと一緒に旅をするのは嫌じゃ。」
小太朗は、侍と桜の顔をハラハラしながら見る。
「じゃあ、このお侍さんがお前より強かったらついて行ってくれるのか?」
桜はしぶしぶ頷く。
「鍋の。すまんが妹と立ち会ってくれないか。」
桜は腰の小太刀を抜いて構える。
侍は木刀を抜かずに、手ぶらで立っている。
「刀はいらないのか?」
力王の問いに侍は軽く頷く。
しばらく睨み合う侍と桜。
小太朗も村人達も、成り行きをじっと見守る。
鳶の鳴き声が合図になり、桜が奇声を発して振り上げた刀を振り下ろす。
その手を侍が軽く叩いた瞬間、桜の小太刀は宙に舞う。
刹那の後、侍は桜の右手を掴み薙ぎ倒す。
何が起こったかわからずに天を見上げる桜。
「これで決まりだな。」
力王が大きく頷く。
その日の夜、力王と桜、侍と小太朗の四人で鍋を囲むこととなった。
湯気と共に、味噌の匂いが立ち上がる。
「旅に出るんだったら、会ってきてほしい人達がいる。」
力王の顔が焚き火の赤い炎に照らされる。
「東の技王、北の知王、西の仁王の3人だ。3人とも昔一緒に学んだ中だ。今でも文通をしている。きっと力になってくれる筈だ。」
侍は静かに鍋をかき回している。
「本当に貴族が悪いんだったら、各地で蜂起してこの国をぶっ潰すこともできる。だからこの3人に会ってきてほしいんだ。」
侍は頷く。
小太朗は、煮えた鍋をそれぞれのお椀に注ぐ。
「そのために、今この国で何が起きているか、あんたに見てきてほしいんだ。」
桜はじっと押し黙って、ただお椀を見つめている。
風に吹かれて、桜の花びらが舞っていくのを小太朗はじっと見つめている。
「わかった。」
侍が小さく言う。
食事が終わり、小太朗と桜が寝てしまった後も侍と力王は、黙って向かい合って座っていた。
「鍋の。一度だけ俺と立ち会ってくれないか?」
二人は立ち上がり、それぞれ木刀を構え向かい合う。
しばしの静寂。
「あんたもしかして…。」
言いかけた力王を侍は手で制する。
「…俺の妹を頼みます。」
力王は侍に向かって深々と頭を下げる。
二人は並んで座り、どこまでも続く星空を見上げた。
第一部 完




