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あすなろの木  作者: 六野みさお


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6/7

幼児にジャンケンをさせると、こうなる

幼児の語彙は不思議なものである。大人も知っている人は少ないような専門的な知識があるかと思えば、その語彙がないと生活していけないような簡単な言葉を知らないこともある。そして祐飛は、これらの「語彙の偏り」をあぶり出すのが幼児どうしが初対面のときしりとりをする意味であると(当然無意識的に)考えている。または最低限の社会性を見る場としても。


「よし、しりとりだな。じゃあまず僕から……」

「ちょっと待った」


さっそく率先して先手を打とうとした壮士を祐飛は制す。祐飛はここでさらに万能の試験を挟もうと考えている。


「年上から始めると誰が決めたよ。ジャンケンをして、勝った人から時計回りでいいだろ」


ジャンケンもまた、幼児がなぜか必ず知らなければならないことの一つである。ジャンケンのルールは意外と複雑だが、あろうことか幼稚園入学までにはこの程度のミニゲームについては既知であることが前提のようになっている。そしてミニゲームができるというのは、ミニゲームを理性を保って遊べるということでもある。


「でも、人数が多いから、なかなか終わらなさそう」


ここで亜美の指摘が飛んできた。驚いたことに亜美が介助を必要としたのはバスのステップを上がるところだけで、今普通に座席に座っているところを見ると一見普通の子と変わりない。そして祐飛が見落としていた点を的確に突いてきた亜美に、祐飛は恐ろしさと尊敬を覚えた。彼女はただの下肢障害者ではないと、祐飛は認識を改めたのであった。


「そ、それなら、班ごとの代表がジャンケンして、勝った中でさらにやって、それでも勝った人が言い出しってのはどうかな」


ここで文弥が別の案を持ってきた。「いいね。ではこっちの代表は……」と流れるように代表を取ろうとした壮士に、突然文弥が「僕! 代表は僕!」と畳みかけてきた。「おいおい、急にどうしたよ」と驚く壮士に、「いいだろ! 四月からは僕が班長なんだ、お願い!」と文弥はさらに押してくる。壮士は少し考えて、「僕に勝ってから言うことだな! それ、ジャンケン、ポン!」と一気に仕掛けた。壮士がチョキで、文弥がパーである。


「ど、どうしてこんなことに」


頭を抱える文弥だが、すかさず芹奈がボソッと「だって最近の文弥くんは、最初にパーしか出さないから……」と突っ込む。そうだそうだと一斉に他の子たちも頷き、文弥は「あーもう! 次は違う手を出すからな!」と宣言した。


「ということで、僕が代表でいいね。じゃあ、ジャンケン……」


と自然に壮士が進めようとしたとき、後方から突然「うわああああああ!」という悲鳴が聞こえてきた。みんなが驚いて振り向くと、ちょうど「プレ」の男の子が目から大粒の涙を流しつつ手足をジタバタさせているところであった。面白い事態には必ず首を突っ込む祐飛が「おっ、どうしたどうした」とにやにや笑いながら身を乗り出す。


「いや、なんというか、班でしりとりをしようと思って、順番のためにジャンケンをしただけなのだけど……」


そう応じたのは年長の柏原小太郎かしはらこたろうである。小太郎もまた、ある程度信頼されている年長組の一人である。


「なるほどなるほど、つまりその子はジャンケンで負けただけで泣き出したと……」


すべてを理解した祐飛は子どもらしくなくコホンと咳払いをして、「それで、その子の名前は何といったっけ?」と介入する気を見せた。「えーと、たしか大島楓真おおしまふうまくんだったはず」と応じた小太郎を一瞥して、「楓真くん楓真くん、ジャンケンに負けて悔しいのはわかるけど、いったん落ち着くんだ」といっぱしに説教を始める。だが楓真はなおも泣きわめくばかりで、事態は悪化の一途を辿っている。ところがそこに突然高らかな呼びかけが起きた。


「おーい楓真くん楓真くん、自分がまだ負けてないってもしかして気づいてないでしょ?」


声の主は小夜であった。年長組でも扱いに困る修羅場に参戦してどうする気だと年上の子どもたちはやや混乱してしまったが、もしかすると同年代の小夜は何か楓真の癇癪を抑えられるのではないかと同時に期待し始めていた。


「だって結局、ジャンケンは班の八人でやったわけでしょ? どういう手の出し方だったの?」


これに対しても楓真は返答できるほど落ち着いていなかったが、泣き方は明らかに静かになってきており、そして小夜の方に注目し始めていた。小太郎が「ええと、パーで勝ったのが僕と、年中の里菜りなちゃんと、年少の凛久りくくんだね」と答えると、小夜は「じゃああと五人もいるじゃん」とぱっと笑顔になった。


「その五人でもう一回ジャンケンして、四番目以降の順番を決めるでしょ。それなら楓真くんがそこで勝てばいいんだよ」


すると楓真はわかりやすく目を輝かせて、「まだ僕勝てるの!?」と興奮し始めた。小夜はここぞとばかりに畳みかける。


「そうそう、楓真くんならできるよ。それに、明日香あすかちゃんがジャンケンで最初にチョキしか出さないのは楓真くんも知ってるでしょ」


ここで楓真と同じ班になっていた「プレ」の四宮しのみや明日香について驚きの事実が公表されてしまい、楓真は「本当だ!」とますますいい気になったが、明日香は慌てて「ちょっと小夜ちゃん! そんなこといきなり言っちゃダメ!」と言い返してきた。だが小夜は慌てず「ごめーん! でも楓真くん悔しそうだったし、明日香ちゃんも今から違う手考えればいいじゃん!」と場を収めにかかる。明日香としてももともと小夜は信頼できる友人だし、ここはなんとか楓真を落ち着かせないといけないことをわかっているため、「もー! 小夜ちゃんジャンケン強いんだから……」と引き下がったが、小夜はあろうことかここでパンと手を叩いて「ほんと? 嬉しい……楓真くん、勝負しようよ!」とここまででなんとか泣きやむことに成功した楓真に話を振っていく。


思わず「へ?」と変な声が出た楓真であったが、小夜は間髪入れず「それ、ジャンケン、ポン!」とチョキを出し、楓真が慌てて出したのはグーである。小夜は「あれぇ」と天を仰ぎ、「この私が負けるなんて。楓真くんやっぱり強いじゃん」とすぐににっこり笑った。


「や、やった! ほらね明日香ちゃん! 僕はやっぱりジャンケンが強いんだよ!」


数分前までの大癇癪が嘘のように笑顔で明日香に笑いかけた楓真を見て、小夜はすべては終わったとばかりに前に向き直った。この一部始終を見ていた祐飛は純粋に戦慄していた。小夜は楓真を泣きやませたばかりか、場を和ませながら楓真を完全に立ち直らせるに至るまでを一人でやってのけたのである。おそらく小夜は楓真がジャンケンでグーを出しやすいタイプであることもわかっていて、楓真をいい気にさせるためにわざと負けたのだろうと祐飛は推測した。もちろん小夜のように幼くして社交性を持っている子も多いのだが(そして祐飛は自分がそのタイプであると自負している)、それでも祐飛が驚きを隠せなかったのは、やはり小夜が「あの大輝」の妹であるのにという先入観があったからである。

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