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あすなろの木  作者: 六野みさお


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7/7

車内の緊張

小夜の横に座っている凛が「すごいね小夜ちゃん、ジャンケンに負けても泣かないというのは、なかなかできないことよ」と話しかけてきたが、小夜は「そうかな。よく言われることじゃない? ジャンケンの三つの約束については」


何のことかと首をかしげた凛に、小夜は「知らないの? 『ジャンケンは負けることもある、もし負けたとしても、泣かない、怒らない、部屋を出て行かない』と」と続ける。


「さあ、知らない。言ってることはわかるけど、『部屋を出て行かない』って、何?」


凛が自分が言ったことについて知らないようであることを見て取った小夜は、「ううん、何でもない」と素直に退いた。小夜が知っていることは、しばしば他の子たちにとっては、言われるまでもなく当たり前のことがある。特に年上の子にとっては。だがそれでも、小夜はまだ小さな自分が、本当は体の動かし方も、人との関わり方も経験に乏しい自分が、なんとか他の子たちについていくには、少し特殊な経験から得たことを活用するしかないと考えている。ただそれはそれとして、小夜はジャンケンをするときの感情の制御に関してはすでに一家言を持っている。


「でも、しりとりの順番のためのジャンケンに負けたところで、何が起きるわけでもないし。ひとつ余ったプリンを勝った方が取れるジャンケンに負けたら、私も泣いちゃうかもだけど」


本来幼児どうしにおけるしりとりにおいては先攻はかなり有利であるのだが、小夜がこれを無視しているところから凛は小夜の語彙的成熟を見て取った。そして、まだ直前のゴタゴタから完全に脱していない周辺に向けて、前提をひっくり返す提案をしたのである。


「なんか変な感じになっちゃったし、もうしりとりするのはやめない? みんなでお話しようよ、せっかく『プレ』の子たちが来てくれたんだし」


このとき、凛は自分が賢い小夜に興味を持って、彼女のことをもっと知ろうとしているのだと信じていた。しかし実際は、あのとき自分は殺伐としかけていた車内を救おうとしたかったのだと凛は悟ることになる。まだ凛は「年長者としての優しさ」という名目で覆い隠しているが、結局凛はすべての子を取り残したくないのであった。


「凛の言う通りだ。これからの話をしよう、たとえば『こどもの家』の僕たちの部屋が、どれだけ素晴らしいかとか」


壮士はそう言いつつちらちらと祐飛の様子を窺ったが、祐飛もまたこのまましりとりをすることにこだわりを持っている様子ではなく、彼と同じ班の年中組の男子に話しかけているところだった。つまりそこでしりとりの話は立ち消えになったのである。大人の感覚では支離滅裂に見えるが、特に幼児たちの間では、衝撃的な出来事の直後、今までやろうとしていたことをすっかり放棄してしまうのはよくあることだ。


「『こどもの家』……まさに僕たちがこれから向かう、丸松幼稚園が毎年夏のお泊り会やお別れ遠足で行っている、山の上の建物だ。でもそこは幼稚園よりむしろ素晴らしいところだ」

「そう、幼稚園にあるのよりずっと大きな滑り台や、広い広い庭がある。走っても走っても、なかなか端っこに着きやしないほどの」


壮士の始めた説明を、やや勇壮に文弥が引き継ぐ。楽しそうなことを楽しそうに説明することにかけては文弥は一級品である。


「そうそう、それと、プールもあるし」

「何を言ってるんだ菫ちゃん、プールに入れるのは夏だけだよ」


ここまでぼんやりと窓の外を眺めていただけだった菫が口を挟んできたが、あまりにも的外れであり文弥に一蹴されてしまった。「ええっ、そんなあ」とがっくりしてしまった菫だが、凛は(遠足のしおりに、あれだけ「今回はプールに入ることはできません」と書いてあったのに……)と不思議に思っている。凛が思うに、前日にリュックに荷物やら着替えやらを詰め込むとき、遠足のしおりは隅から隅まで確認するはずなのだ。


だがさらに年少組の翔太が「でも、遠足のしおりには書いてない、恐ろしいことだってあるんだぜ」と続けていく。「プレ」の子たちが(特に保人が)びくりとしたのを見て、翔太はこれ幸いと畳みかけた。


「これは本当のことなんだけど……夜中の『こどもの家』には、お化けが出るんだよ。夜の間中、叫び声を上げながら廊下を走り回っているんだ」


案の定保人が「ひぃっ」と息をのんだが、しかし芹奈がすかさず「……というのを、翔太は夏のお泊り会でオネショしたことの言い訳にしているの」と軌道修正した。それでも翔太はひるまず「でも、お化けはお化けだよ! けっ、凛ちゃんにトイレに連れて行ってもらえたからって、いい気になりやがって……」と言い返したが、しかし凛と芹奈は互いに目を見合わせるのみであった。だが、このとき凛は強い動悸を感じていて、そして同時に結局真実を知らないままになっている翔太に安心していたのであった。


バスは街を通り過ぎ、まさに高速道路に入ろうとしているところだった。料金所を通過し、バスのスピードが上がっていく。小夜はまだ高速道路のシステムについて完全には理解していなかったが、ただ特に凛あたりから発せられている、ある種の緊張感のようなものを感じ取っていた。これはただのお楽しみの遠足ではなく、これからの小夜たちの運命を決定する一大試験の開始なのではないかと小夜は本能的に悟った。

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