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「な、なにが……?」
「苦しんだ……いや、あれ、姿が」
カウルゼンツにより最も彼に仕えていた、忠誠心の厚い部下が変貌した。形はまだ確かに人の姿をしている。しかし、あくまで人のように見えるというだけでもはやそれは本来の人の姿、彼のもともとの姿から大きく外れた姿である。そして先ほどは苦痛を感じていたように見えたのに、次の瞬間には既に表情は戻っている。いや、戻っているとは違う。表情が存在しない。
姿形は人間のように見える、似通っているのに、明らかに人間であるようには見えない。無機質さ、どことなく機械のように見えなくもない、そんな怪物。それが今の彼である。そしてそれに彼を変貌させたのがカウルゼンツ。神の剣を得て彼をそのように変質させた。なぜそのようにしたのか、どうしてそのようなことができるようになったのか。いや、それは重要なことでもないだろう。ともかくカウルゼンツが人間を変容させることができる異常な存在、あるいは異常な力を有するようになったという事実が明白にある。
「に、逃げるぞ!」
「え? なんで?」
「あれ、明らかにおかしいだろ! あの人がどうなったかわかんねーけど!」
変質された人間の姿。それを見て、彼らの中の一部は逃げる。あるいはこのことに関して情報を売りに行くつもりか、カウルゼンツの危険性を知らせに行くつもりか。あるいは本当に神の剣がありそれを奪えればあるいは何か世界を変えるほどのことができるのでは、といういろいろな考えあっての物。そして何よりも、人間を変質させる力を恐れたのが大きいだろう。カウルゼンツに最も仕えた人物ですらカウルゼンツは容赦なくその身を変質させ自分に真に仕える者として生まれ変わらせた。ならば他の人物は? この場にいるほかの人間たちは? 変えられない? そんなことはないだろう。恐らく彼と同じようにその身を変質させられ、生まれ変わらせられる。それは己が新たな存在に作り替えられるということ、自分の死になる。生命としては連続し死なないにしても、本来の自分、今までの自分とは違うだろう。ゆえに彼らの一部は逃げることを選んだ。金や名声を得る、力を得る、そういったものよりもなによりも、死にたくないという考えが優先された故に。
「なっ! 開かねえ!」
「どういうことだ!」
しかし彼らは逃げることはできなかった。扉は開かない。外側からは容易に開いたのに内側からは開かない……そんな仕組みがあるようには見えない。もちろん剣を封じていた場所であるがゆえに、剣が勝手に外に出ることがないよう、あるいは剣を有した人間でなければ出られないような特殊な仕組みが絶対に存在しないとは言えないが、それでもやはり開かないという事実に対して違和感、疑問はある。
「ここは我が支配下にある。お前たちはここから出られぬ」
「…………カウルゼンツ様! 目的としていた剣は得られたのでしょう! でしたら私はもう必要ないはず! 帰してもらえませんか!」
「ふむ。確かに剣を探すという目的は果たした。お前たちはよくやってくれた。これで勤めは果たした、確かにそうであるといえよう」
そうカウルゼンツが語りそして続ける。
「だからこそ、我はお前たちに酬いる必要がある。王である我の務めとしてな。だからこそ、お前たちを手放すことはできぬのだ。お前たちは我に仕えし者たちなり。ならばその栄誉、名誉こそを誉としてこれからも我に仕えるべきであろう。我がお前たちに与えるべきは我に仕える者としてのこれからの永遠の誉である」
「そんなものは望んでいません!」
「そうです!」
「ならぬ。なぜならば我は王。王から与えられるものは普通では得られぬ。王が与えしものは断られるべきものではない。王が与えるのだ。それは絶対に与えられる定めにある。お前たちも断ることはせぬ、してはならぬ。なぜならそれは王から受け賜わるものなのだから。そして我もお前たちに与えられぬというわけにもいくまい。我が与えし栄誉、名誉我に仕える者として、この者と同じく永遠に我に仕えしものとして。さあ、我に仕えるがよい。それこそお前たちが為すべきこと。これから先、これまでも含め最も価値のある物にして、最も名誉であることだ」
そういってカウルゼンツは剣を向ける。剣を向けられた相手は自分に向けられた剣を認識し、そして苦しむ。
「うぐっ、ぐあああっ!」
「お、おい!」
変質する仲間に戸惑う部下たち。一部の部下はカウルゼンツに剣を向けようと行動するものもいる。しかし、その動きは阻害されたかのように行動にならなかった。
「う、動けない!?」
「カウルゼンツ様! これは一体!」
「我に仕える者とするには多少の時間を要する。また苦痛に喘ぎ体を歪めてしまっても困ろう。ゆえに動けなくした。これにより我がお前たちを我に仕える者としてその実を変える時も問題なく過ごせるであろう」
「そ、そんな!」
「さあ、次だ。お前たちすべてを我に仕えるものに変えようではないか。それこそお前たちの誉、我の酬い。何よりも価値のある物である」
「さあ、列せよ。我に仕えし者どもよ」
カウルゼンツの前にここに来るまでにいた部下たちが整列する。人数としてはそこまでの物ではなく、しかし今の彼らはその姿を変え、整列する彼らは立派な親衛隊のように見える。その姿は人の形に近いが、本来の人のそのものの姿とはまた別物だ。また彼らの思考はもともと人間であったころから連続したものとなっている。しかし、彼らは人間ではない。もともとの人間の意思ともまた別の存在である。思考は確かに連続しているが、彼らはカウルゼンツに対する忠誠が生まれている。もともとカウルゼンツに忠誠を誓っていた部下もいたが、それともまた別の忠誠心……いや、忠誠というとまた少し違うのかもしれない。カウルゼンツを絶対に考え、その命令に殉ずる、カウルゼンツという存在にとっての絶対的な部下、いや、もはや道具といってもいいぐらいカウルゼンツにとって都合よく使える存在……駒の方が近いだろうか。もともとカウルゼンツ自体部下は自分にとって都合よく使える道具、駒みたいな考えもある。使える部下を最大限自分のために使う、その考えから派生した部下たちともいえる。もちろんこれは神の剣に備わった力の一端である。別にカウルゼンツだからこのような形になったわけではない。
「これより我らはニネフォスを奪還する。我の下に、王である我の下に彼の国を取り返すのだ」
「はっ!」
「偽りの王など不要、またそれに仕える者も我に従う意思がなければ排除せよ。民は好きにしろ。殺しても構わぬ。ただ、国にとっては民は財産である。無意味な殺しはするでないぞ。ただ、我に敵対するような意思があるならば殺してもよい。それ以外は多少好きに扱ってもよいが無意味には殺すな」
「はっ!」
「考えるべきことは多いが、まずは何よりもニネフォスの国土をわが手に取り返す! それが優先される! では行くぞ我が部下たちよ!」
「はっ!」
高尚ぶった演説も意味はない。彼に伴う部下、彼に仕えし人より変えられた彼らは根本からして人間のように考えるようなことをしない。別の存在なのだ。彼らは人ではない。その意思は人から続いていても、結局のところカウルゼンツが扱う道具のようなものでしかない。自由意思は実質存在していない状態にある。そんな彼らを従えカウルゼンツは剣を封ぜられていた場所より表舞台へと舞い戻る。ニネフォスを奪い返し、ニネフォスから自分を追いやることになった全てに逆襲する、そして彼の中では既に世界をとることまで考えにあった。今の彼はそれができる可能性があるくらいに強力な存在である。




