残響
迫りくる地鳴りと崩壊の気配の中、人々は余裕を失い後退を始める。
守るべきものを前にしながらも、世界は確実に限界へと近づいていたーー。
崩れかけた研究施設の廊下を、ひとりの男が歩いていた。
天井は崩れ、配線は剥き出しのまま垂れ下がり、足元には砕けたガラスと機材の残骸が散乱している。
かつて機能していたはずの場所は、今や静かに死んでいた。
壁際の端末には、途中で途切れたままのログが表示されている。
何かを記録しようとした痕跡だけが残り、その先は空白だった。
男はそんな光景に目もくれず、迷いのない足取りで奥へと進んでいく。
視線は常に周囲の機材へと向けられ、その価値を測る基準はただひとつ――。
使えるかどうか、それだけだった。
机の下に転がっていた端末を拾い上げると、割れた外装を気にすることもなく内部を開き、動作する部分だけを素早く抜き取る。
男は迷いなく抜け殻を床に落とし、別の機材へと手を伸ばす。
バッグにはすでにいくつもの部品が詰め込まれていたが、それでも足りない。
まだ使えるものが残っているはずだと、確信のようなものがあった。
やがて、電源の落ちた画面が並ぶ部屋にたどり着く。
男は手慣れた動きで機材を繋ぎ、無理やり電力を通して強引に起動させた。
ノイズ混じりの映像が、暗い室内にぼんやりと浮かび上がる。
――記録映像だ。
荒れた画面の中で、巨大な影がゆっくりと動く。
四足歩行のその生き物は、皮膚が剥がれ落ち、筋繊維が剥き出しになっている。
しかし、その姿は明らかに異質だった。
侵食体に似た歪みを持ちながら、そこにあるべき凶暴性が感じられない。
ただ静かに、そこに在るだけの存在。
男はモニターを両手で掴み、画面に映る記録を食い入るように見つめる。
そこに宿っていたのは理解でも恐怖でもなく、ただ純粋な“興味”だった。
映像が途切れると、端末のログをすべて抜き取り、他の記録には一切目を向けずその場を離れる。
彼にとって重要なのは、新たな情報だけ。
外へ出ると、風が廃墟を吹き抜ける。
遠くでは侵食体の気配が蠢いていた。
男は拾い集めた機材を両腕に抱え直す。
その重さは決して軽くはない。
だが、それを負担として認識することはなかった。
向かう先は、すでに決まっている。
足を踏み出した瞬間、侵食体がこちらに気づき、ゆっくりと動き出す。
それでも、背後の気配に意識を割くことはなかった。
必要なのはこの情報だけだ。
男は瓦礫を蹴り上げながら、機材を抱えたまま一直線に走り抜ける。
背後から迫る気配を振り切るように、ただ前だけを見て駆ける。
その顔に恐怖はない。
ただ――抑えきれないほどの高揚だけがあった。
壊れた世界の中に、まだ未知が残っている。
既存の理解に収まらないものが、確かに存在している。
その事実が何よりも、彼を駆り立てていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この作品は、実際に見た夢を元にしてます。
そのため、現実的な理屈よりも、雰囲気や感覚を大切に描いています。
よければ、また次話も読んでいただけると嬉しいです。




