発現
崩壊した研究施設を進む男は、使える情報だけを選別し、記録を回収する。
そこで侵食体に似ながらも異質な生物の映像を発見し、“未知”への強い関心を抱く。
やがて彼は、ひとつの研究施設に辿り着く。
崩壊し、人の気配もなく、すでに機能を失っているはずの場所。
それでも男はためらうことなく足を踏み入れ、瓦礫と沈黙に覆われた奥へと進んでいく。
無数の資料やガラス片が散らばる廊下を歩き、すべての部屋を見て回る。
そして、一番奥の部屋で、彼はそれを見つけた。
骨ばった体に、かすかに残る毛並み。
頭部から首元にかけて、鬣と思われる体毛が確認できる。
その姿にはまだ獅子の面影が残っていた。
侵食と思われる反応はあるものの、男を目前にしても動こうとしなかった。
ただ静かに、その場に横たわっている。
男は足を止め、目の前の存在をなぞるように見つめた。
呼吸、筋肉の緊張。
わずかな侵食の痕跡。
男は息をのみ、ほんの少しだけ口角を持ち上げた。
今まさに、未知に触れる。
やがて一歩、距離を詰める。
警戒はしている。
だがそれ以上に――確かめることが優先されていた。
さらに一歩。
視線は逸れない。
瞬きすら挟まないまま、観察は続く。
やがて、ゆっくりと手を伸ばす。
その手は、触れる直前で一瞬だけ止まった。
確認するための、最後の間。
指先が、その体に触れた。
――温かい。
わずかに、だが確かに。
男はすぐに、バッグからいくつかの採取道具を取り出す。
注射針が刺さった瞬間、獅子の喉から低い唸り声が漏れる。
同時に、痩せ細った巨体が反射的に跳ね上がり、周囲の道具が散らばる。
それでも細胞の採取をやめようとはしない。
床に散乱していた機材やファイルを脇へ押しやり、空いたスペースに顕微鏡と解析装置を並べた。
そして、採取したサンプルを装置へ移し、記録データと照合する。
手持ちの資料をいくつも開き、記録を順に確認していく。
やがて、男の動きが止まった。
採取した細胞は、既知のどの型にも一致しない。
増殖の仕方も変異の挙動も、これまでの記録とはまるで違っていた。
既存の分類には当てはまらない、新たな性質。
侵食、変異――いずれの挙動にも一致しない。
さらに解析を進めるうちに、ひとつの仮説が浮かび上がる。
男は端末に向かい、静かに記録を開く。
無数のデータが並ぶ中に、新たな項目を追加する
分類欄に、ひとつの名を入力する。
――α型。
そう呼ぶ以外に、適切な表現は思い浮かばなかった。
エンターキーが押され、記録が更新された。
静まり返った施設の中で、獅子はただ目を閉じている。
その細胞が何を意味するのか。
この先、何をもたらすのか。
まだ、誰も知らない。
だが――
それが「終わりではない」ことだけは、確かだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
止まった世界の中で何が失われ、何が残ったのか。
そして、その先に何があったのか。
この世界に“続き”を感じてもらえたら、嬉しいです。




