守れない世界
拒まれない視線に導かれ、彼女は、迷いながらも一歩を踏み出す。
人々は戸惑い、やがて恐怖に飲み込まれた。
矛先は再びひとつに集まる。
その先にいたのは、ゼロの隣に立つ彼女だったーー。
地鳴りは、なおも近づいていた。
揺れは、確かなものへと変わっていく。
数秒後には、足元に響く振動が強まり、空気そのものが唸りを帯びていく。
残っていた人々の顔から、余裕が消えていった。
ひとり、またひとりと後ずさり、やがて背を向ける。
恐怖が、理性を押し流す。
その流れに抗う者はいなかった。
誰かが叫ぶ。
意味をなさない声。
だが、それで十分だった。
均衡は、完全に崩れる。
人々は一斉に散った。
逃げる者、転ぶ者。
それでも立ち上がり、ただ遠ざかろうとする。
その中心に、彼女だけが取り残されている――。
こうして、戦いは再び訪れた。
それまでとは比べものにならない数の侵食体が、町へと押し寄せる。
壁の向こうから響く衝撃音。
悲鳴と、建物が崩れ落ちる音。
守られていたはずの町が、音を立てて崩れ始めていた。
彼女は、迷わなかった。
手を伸ばし、握る。
視界を覆うように、迫り来る群れの動きが一斉に鈍る。
人々が逃げていく。
その一歩一歩のために、彼女は力を使う。
視界の端で、転んだ誰かが立ち上がれずにいる。
伸ばした手は、わずかに間に合わない。
次の瞬間、その影が覆いかぶさる。
聞こえていた叫び声は、静かになっていった。
彼女は、襲い来る侵食体へ再び目を向ける。
力を使うたびに、体が軋んだ。
息が乱れ、腹の奥が痛む。
それでも、やめなかった。
彼女の前に、ゼロは立っていた。
以前よりも、わずかに近い位置で。
その距離は、偶然ではなかった。
すべてを守ろうとはしていない。
守る場所を、選んでいる。
それでも十分だった。
彼が立つだけで、崩れかけた均衡がかろうじて保たれる。
戦いは長く、重く、永遠に続くように思われた。
しかし、次第に押し寄せる数が減り始める。
終わりが、見え始めていた。
ようやく呼吸ができる……。
背後で、地面を擦る音がした。
振り返った瞬間、目前に迫る影。
見えている。
止められる。
しかし、ほんの一瞬、遅れた。
そのとき。
巨大な影が、割って入る。
――ゼロだった。
侵食体の牙が、その肉に食い込む。
深く、確実に。
傷口から入った体液が、ゼロの体を蝕んでいく。
黒く、静かに、侵食が始まる。
それでもゼロは、退かなかった。
崩れかけた体で、それでも前に立ち続ける。
彼女は、何度も力を使う。
止める。
止める。
何度も。
何度も。
もう、息ができない。
限界は、とうに超えている。
――そして。
すべてが終わった。
音が消える。
動くものは、もう何もない。
薄れていく砂煙の中に、ゼロは立っていた。
だがその体は、すでに侵食に覆われている。
かつての威厳を残しながら、確実に崩れ始めていた。
ゆっくりと、彼は彼女を見る。
言葉はない。
彼女もまた、何も言わずに見返す。
その沈黙の中で、すべてが伝わっていた。
やがて、ゼロは静かに背を向ける。
町の外へと、歩き出す。
振り返ることもなく、ただ、遠くへ去っていく。
彼女は、その場に立ち尽くしていた。
遠ざかる背中が小さくなり、やがて、完全に見えなくなる。
残ったのは、静寂だけだった。
彼女は、ゆっくりと腹に手を当てる。
そこに感じる命は、確かに息づいている。
失われたものと、残されたもの。
そのすべてを抱えたまま、彼女は空を見上げた――。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この作品は、実際に見た夢を元にしてます。
そのため、現実的な理屈よりも、雰囲気や感覚を大切に描いていきます。
よければ、また次話も読んでいただける嬉しいです。




