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第九話


「……なんだって?」

 男はエリスの逆立った角を手で真似る。

「へえ。頭頂部は寂しくても度胸はあるんだね」

 エリスは挑発するようにして男の頭頂部を見上げる。

「こんの、魔族風情がっ!」

 男の腕が黄色く光る。

 バチバチと静電気を帯びていく。


「サンダーッ!」


 大きな雷の玉が迫る。

 僅かに焦げた匂いがする。

 エリスの握り潰す手の隙間から、灰色の煙が上がっていた。


「怒ったら、髪、なくなっちゃうよ?」

「こ、こいつッ!」


 無数の雷の塊がエリスに向かった。

 エリスの足元がゆらゆらと青く灯る。

 周囲を熱風が覆うと、雷は溶けるように消えた。


「な、なんだよッ!この魔族はッ!」

 エリスはうっすらと笑ったまま、ゆっくりと迫る。

 男は後ずさりしながら魔法を放つ。


 やがて、壁にぶつかった。


「く、くるな。くるなよッ!」

「ふっ……」

 エリスは青い火を吹きかけた。

「うん。さわやかになったね」

 男の頭頂部にあった薄い毛が焦げてなくなっていた。

「お、俺の毛……」


 周りの冒険者たちがエリスを見ていた。


「これならアルズの方が強いよ?で、言うことは?」

「ご、ごめんなさい」

「いいよ。ちゃんと謝れたから残りの髪の毛だけで許してあげる」

「あ、謝ったじゃないかっ!」


 エリスは男の毛を全て燃やしてしまった。

「お、覚えてろよ!」

 男は涙目になりながら髪を隠すようにして逃げて行った。


「よし、少しすっきりしたよ」

 羽をパタパタとさせるエリスを冒険者たちは遠目で見ていた。


——「あの魔族、見たことない種族だけど何?」

——「ていうか、なんで人と魔族が一緒に冒険者やってるんだ?」


 陰でひそひそ声が聞こえてくる中、衝撃の情報が耳に入った。


「あの雷の冒険者もブロンズなのに、よく大口叩けたよね」


 本当ならギルドで情報交換をしたかったところだが、周囲の視線が痛く僕たちが近づくとそそくさと離れられてしまう。

 これ以上ここにいても仕方ない。


 僕たちはギルドを出た。


「ちょっと早いけど、晩御飯食べようか」

「いいね!何食べる?」

「エリスってさ、シチューとか食べたことある?」

「しちゅー?何それ?」

「僕の好きな食べ物だよ」

「へえ。いいねえ。興味あるよ!」


 僕たちはシチューのある店を探して入った。

 まだ昼過ぎなこともあって、人も魔族も少なかった。


「アルズ、その水晶の首飾りはどこで見つけたの?」

 エリスはスプーンをプルプルと震わせながら持ち上げていた。

「これ?これはお姉ちゃんの形見みたいなものだよ。だから、僕は知らない」

「ふうん」

 エリスは諦めるようにしてスプーンを置いた。

 その代わりに、じっと首飾りの宝石をのぞき込んできた。


「エリス、この宝石について知ってるの?」

「……まあ、なんとなくね。多分だけど光る水晶だよ。たまにピカピカって」

「え?それだけ?」

「充分じゃん。可愛いし」

 可愛いって……。


「あとは、たまに動くとか?」


「動く?」

 やっぱりあの時感じたものは本当だったのだろうか。

「何本気になってるの?冗談に決まってるじゃん。疲れてるの?」

 エリスは心配そうに覗き込んでくるが、かえってそれが腹立たしく思えた。


「それよりさ、アルズ」

「どうしたの?」

 エリスは不満げにシチューの入った器を見ていた。

「食べさせて」

「え……」


 無事に食べさせるとエリスは満足げに尻尾を揺らしていた。


「うん。シチューも美味しかったよ。食べにくいけど」

「そっか。それは良かったよ」


 店を出ると散策がてらに周囲を散歩した。

 その甲斐あって、やたら安い宿を見つけられ、宿泊することもできた。


「その宝石さ、多分、私の追っ手が探してたものと同じかも」

 部屋に入ると開口一番にエリスは告げた。

「……それ、本当?」

 エリスは返事をしなかった。

 嘘じゃなさそうだ。

 短い間しか共に過ごしていないけれど、なんとなくわかる。


「エリス。辛いなら話さなくてもいいよ」

 エリスの表情が陰って見えた。

「え?ああ……私、そんな風に見えた?」

「うん。寂しい顔してた」

「ふうん」


 エリスは僕の眼前に迫る。

 吐く息は温かく、生きていることを実感する。


「アルズなら話せるかな」

「何が?」

「この宝石はね、特別な力があるんだよ」

 エリスは神妙な面持ちだった。

「例えば、魔力を増強させる、なんて話があったりね」

「それって……」

「でも、その方法は誰も知らないんだって」


 それを聞けて、内心ほっとした。


「やっぱり、そんなに都合よくいくものではないよね……」

「私はわかるよ。アルズ、そんな物に頼って強くなりたいとは思ってないでしょ?」

 エリスの翼が触れる。

 柔らかな毛は温かかった。


「エリスって人の心が読めるの?」

「アルズはなんでか知らないけど、全く見えないよ。ただ、そんな気がしただけ」

 エリスは自分のベッドにダイブした。


「どのみち、僕はエリスと一緒にいないといけないわけだ」

 最初は、エリスのせいでややこしいことに巻き込まれたと思っていた。

 だけど、お姉ちゃんがくれた宝石を手にした時点で僕は、もっとややこしいことに首を突っ込んでいたみたいだった。


 命が狙われてるのはどっちみち、変わらなかったわけだ。

 それに、なんだかんだ手は掛かるけど心強い仲間を見つけられた。

 これでよかったんだ。

 

 今日はもう寝よう。

 服を脱いで、下着とシャツ一枚になった。

 布団にくるまろうとした時。

 

——ドンッ!!


 エリスが寝返りを打つと同時に物凄い音がした。

 パラパラと壁の破片が舞い散る。


 部屋の隣の宿泊者と対面した。


「「え?」」


 宿泊者の男女二人が、僕とエリスを交互に見ている。

 エリスは魔族……少女。

 僕は冒険者……下着姿。


 男女は魔法通信機を耳元に当てる。


「あ……夜間、緊急クエストの依頼ですが」


「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!」

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