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第八話


 ブライトライトに戻り、大きな医療施設で治療を済ませた。


「何食べよっかなあ」

 エリスは鼻歌を歌っていた。

 治癒魔法はわずか数分だった。

 深い傷もすっかり癒えた分、かなりの高額だった。

 おかげで贅沢をしている余裕はなくなった。


「言っておくけどそんなにお金ないよ。結構治療費だってしたんだから」

「いいじゃん。どうせ明日から冒険者で稼ぐんだし」

「まあ、それはそうだけど……」

「そうそう!それじゃ私、あそこ行ってみたい」


 エリスに言いくるめられ、近くにあった飲食店で食事を済ませることにした。

 僕は森の王についてもっと詳しく聞きたかった。

 だが、パンを頬張るエリスの姿は幸せそうで、聞けなかった。

「アルズも食べなよ?」

 食べかけのパンを渡される。

「……いいよ。僕は自分の分があるから」

 

 食べ終えたあとは近くにあった安宿に泊まった。

 布団に入ると、すぐに眠ってしまった。


 翌朝。

 城まで行くと、僕は冒険者の登録を済ませ、エリスは登録不可のハンコを貰った。


 最初はなれるか不安だった。

 それでも、手に入れられた。


 僕は冒険者証を握りしめる。

 これからは宝石の次に大切なものだ。


「どうして人間は出身や生まれなんかで人生を左右させたがるんだかね」

「まあまあ。僕が依頼を受けられるだけで、仕事は一緒にすればいいんだよ」

「まあ、確かにそうだけど」

 エリスはようやく膨らませた口を萎ませてくれた。


「それにしてもアルズも結構苦戦してたっぽいけど、冒険者になるのってそんなに大変なの?」

「ああ……それね」


 僕がもらったのは、ブロンズですらない。

 そのさらに下——緑色の冒険者証だった。


 本来ならもらえない物だったが、ルーチェさんの計らいでなんとか手に入れることができた。


「まあ、手に入ったんだ。とりあえずはギルドへ行って依頼を受けに行こう」

 城から出ると、僕たちはそのまま冒険者ギルドへ向かった。


 賑わう大通りの先に大きなとんがり屋根の建物があった。

 ここがギルド……。

 たった一枚の扉を開けるのすら躊躇ってしまう。

「何突っ立ってるのさ!はやく入るよ」

「え、あ。ちょっと待ってよ!」


 エリスが扉を開けた。

 酒の匂いと陽気な談笑が溢れ出してきた。

 甲冑姿の者から革装備の者。

 背中に巨大な剣を背負った人。


 そこは、種族を問わず様々な冒険者で満ちていた。


 掲示板らしきものには、ランクごとに区切られた依頼が貼り出されていた。

 受付では職員たちが書類を捌きながら、次々と冒険者の依頼に対応していた。


 いよいよ、僕たちの冒険が始まろうとしていた。


「なんだか、わくわくするなあ」

 僕は浮かれていた。

 浮かれていたのも束の間、受付に緑の冒険者証を提示した時だった。


「失礼を承知の上、申し上げます。冒険者には不適正かと」

 眼鏡をかけた律義そうな受付の女性はフレームを押し上げた。

「どうしてお前が決めるのさ?」

 僕じゃなくエリスが牙をむいた。

 一気に視線が集まってくる。

「お、落ち着いて、エリス」

「ここは遊びの場では御座いません。たしかに、簡単な依頼も御座いますが、死にたいのですか?」

 見ず知らずの人に、これ以上にないくらい痛いところを突かれる。


「そうだよ。そのお姉さんが言ってる通り、辞めとくべきだね。アルズ」


 誰かが僕の名前を呼んだ。

「どうして、僕の名前……」

 ざわつく冒険者たちの中。

 その声を探しているとすぐにわかった。

 そこに彼がいた。

 小さな頃は僕と一緒に遊んでくれていた人。


「久しぶりだな」

「……キリ」

「俺は、昨日から冒険者になった。だが、シルバーからだ。もうわかるだろ?お前には無理だ。やめとけ」

「……」

「なんか言い返さないんすか?」

 その彼の取り巻きは嘲笑の笑みを浮かべていた。

「……」


 周囲のざわめきが一際大きくなる。

 エリスは口から火をこぼしている。


「憧れるのは無理もない。だが、そんなので冒険者になるなら辞めた方がいい」

 キリはそう告げた。


 憧れ。


 そんなもので冒険者になりたいわけじゃない。

「……憧れなんかじゃないよ」

 しまった。

 つい、うっかり言葉に出してしまった。

「は?」

 火をつけてしまった。

 穏便に済ませたかった。

 一体、どうすれば……

 立ち尽くしている時だった。


「ランクなど関係ありません。ちょっと才能に恵まれただけで調子に乗らないで下さい」


 眼鏡の女性の声が響く。

 僕たちを含め、冒険者たちの視線が一気に向かった。


「シルバーで満足するようでは話になりません。冒険者全体で見れば、まだ平凡です。あなた方に語る資格はありません。ほら、見て下さい。周りの冒険者の方も気分を害されているでしょう?」


 女性が周りに視線をやると、集まっていた冒険者たちは逃げるように散っていく。

 それはキリも同じだった。

 去り際、キリと目があった。


「……」

「……」


「行くぞ」

 やがて、キリは取り巻きを連れて出て行った。

 

「あの……」

 僕がお礼を言おうとした時だった。

「私には、前線には立てなくとも、冒険者の命を守る義務があります。先ほども申し上げました。遊びでは御座いません……」

「分かってます。それでも、僕は、冒険者にならなくっちゃ、いけないんです」

 受付の女性と目が合った。


「……遊びではないのですね。ならご武運を」


 眼鏡の女性は小声でそう言った。

 

「さっきの感じ悪そうなの、誰?」

 エリスはまだ口から火がこぼれていた。

「友だちだよ……。昔は仲が良かったんだけどね」

 キリは僕が魔法を扱えなくても唯一、一緒にいてくれた人だった。

 いつからだろう。

 僕たちがこんなふうになってしまったのは。


 周囲の視線が気になる中、僕たちは掲示板にある依頼を探した。

 なんとかして見つけた依頼を手に取った。

 その内容は。


『明日:ブライトライト王城の清掃』


 緑の冒険者証で受けられる依頼はこれしかなかった。


 受付に向かう最中。

 周囲の視線が痛い。

 その重圧から逃げるように俯いた。

 そのせいで、前方への注意がおろそかになっていた。


 ついうっかり、冒険者の人とぶつかってしまった。


「おい。どこ見て歩いてんだよ?」

「あ。すみません」

「さっきのガキか……。しかも、魔族と一緒かよ」

 冒険者の男だった。

 舌打ちをされた。

「すみません。気を付けます」

「……チッ。最近はこんなのまで冒険者になれるのかよ」

 面倒なのに絡まれてしまった。


「そこの魔族、なんだよその目は」


「……す」


 エリスが何かを呟いた。

「何言ってるんだ?魔族は言語も話せないのか?」


「殺す」


 エリスは震えていた。

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