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第七話


 何が起こったのだろうか。

 水に触れた場所が静止して見えた。


 すぐに景色の色が元通りになる。

 裂けた口が視界を埋めた。

 その瞬間。


——シュンッ……


 風を割くような金属音がした。


 遠のく意識の中。

 声がした。


「流石だな」


「ルーチェ……さん?」


 その声はルーチェさんだった。


「ああ。ずいぶんと時間を稼いでくれたな」


 何をしたのかはわからなかった。

 ルーチェさんが剣を鞘に収める。

 その直後、獣の身体が粉々に崩れ落ちた。


 なんとか少年を守り切ることができたみたいだ。


「まったく。やはり、姉弟だな」

 ルーチェさんが僕の頭に触れると、白い光が包み込んだ。

「あ、れ?」

 光に触れると、熱が引くように浅い傷だけが消えていた。

「私の専門は回復じゃないんだ。飽くまでも応急処置的なものだ。戻ったら、ちゃんと治療を受けるようにな」


「はい。ありがとうございます……すみません、あと一ついいですか?」

「なんだ?」

 僕は少年の方を振り向く。

「ぼ、ぼくっ、花を探したくて……」

 少年はぎゅっと手を握りしめていた。

 ルーチェさんはゆっくりと微笑む。


「ああ。それは大事だな。みんなで探そうか」


 ルーチェさんは立ち上がろうとして、ふと僕の手を見た。

「そういえばアルズ。さっきのは何をした?」

「え?」

「獣の動きが一瞬止まったように見えたんだ」

「僕にも……わかりません。水に触れた瞬間、景色が止まって見えて……」


 ルーチェさんは少しだけ黙った。


「そうか」


 それ以上は何も言わなかった。


 無事に少年の探す花を見つけると、僕たちは村に戻ってきた。


 ほどなくして、エリスも翼を引きずりながら帰ってきた。


「いやあ、やっぱり私が強すぎたかな?」

「よかった。エリスも無事だったんだ」


 エリスの姿を確認すると、ルーチェさんは声をかけた。

「初仕事、ご苦労だったな。助かったよ。ありがとう。報酬は後から支払うよ。それじゃあ」

 ルーチェさんは手短に挨拶を済ませ、光に身を包むと、その場から消えた。


「あ、あの……さっきは、ありがとうございます」

 駆け寄ってきた少年は頭を下げた。

 片手には白い花を持って。

「あはは……ほぼルーチェさんのお陰だよ」

「ううん。お兄さんもかっこよかった。ぼく、お兄さんみたいになりたい!」

 少年は一歩近づき、目を輝かせた。


「お兄さん、名前は?」

 少年がそう聞いた。

 そういえばあの時、名前は言ってなかった。

「僕はアルズだよ」


「ちなみに私はエリス。森の王なんて呼ばれてたやつを倒した龍よ!」

 エリスは割って入ると、得意げに顔を上げた。

「お姉ちゃんは聞いてないよ?」

「な……」

「この人、嘘をついちゃう病気だけど、森の王を倒したのは本当だよ」

「え。かわいそう……。でも、お姉ちゃん、強いんだね」


 エリスは木の陰へ隠れると、尻尾だけを不機嫌そうに揺らしていた。


「この度は、どうもありがとうございました。アルズさんはリヴィエラさんの弟さんなんですね」

 少年の母親が言った。

「え、ええ。まあ、はい」

「我が家の屋根、少し曲がってるでしょう?」

 母親はその場所を指で示した。

 たしかに、歪な形に曲がっていた。

「実はこれ、リヴィエラさんが村を救ってくれた際に吹き飛ばした跡なんですよ」

 まさか、お姉ちゃんがここまで旅先で物を壊していたとは。


「でも」


 母親は胸を張っていた。


「これはうちの家宝なんです」


 本来なら怒るところなのだろう。

 だが違った。

 この人はお姉ちゃんの話を楽しそうにしていた。

 少しだけ、お姉ちゃんが英雄と呼ばれた理由がわかった気がした。


「また、遊びに来てね!」

 村が見えなくなるまで、母子は手を振り続けていた。


 帰り道。


「エリス。さっき僕たちが戦った生き物は何なの?」

 少なくとも、こんな生き物がいるなんて一度も聞いたことはなかった。

「それを聞いてどうするの?」

「……お姉ちゃんの死因と何か関係ある?」


 エリスの目を見た。


「……さあね」


 エリスはふいっと視線を逸らす。

「エリス、誰かに追われてたんだよね?」

「うん。多分そうだよ」

「誰に追われてたの?」

「……思い出せないんだ」

「思い出せない?」


 エリスと会った時もたしか似たようなことを言っていた。

 今のエリスは嘘をついてるようには見えない。

 夕風に靡くエリスの横顔は寂しそうだったから。


「ごめん。嫌なこと聞いた?」

「え、私そんな顔してた?」

「うん。僕にはそう見えたよ」

「そっか」


 エリスはゆっくりと夕空を見上げた。

「アルズはやっぱ、優しいんだね!」

 そう言って笑った。

「そんなアルズには特別に教えてあげる!」


 何が。

 僕がそう聞こうとしたその時だった。

 エリスは尻尾の先を唇に当てる。


「森の王は誰かに実験されてたよ」


——ヒュゥゥゥ。


 冷たい風が吹く。

 薄暗い木漏れ日がざわついた。

 

 そんな中、エリスのお腹が鳴った。


「それよりもさ。今日はもう晩御飯にしよう!」


 気を取り直すようにして、エリスは進んでいく。

 その後ろ姿を見ていた。

 あの獣は明らかに普通じゃなかった。

 今回の件は、お姉ちゃんの死と何か関係があるのだろうか。

 

 ぐぅぅ。


 考えていると僕のお腹も鳴った。


 まずはそれからだ。

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