第十話
一晩かけてなんとか理解してもらった。
壊れた壁の修理費用でお姉ちゃんからもらったお金は消えた。
翌朝。
僕の徒労も知らないエリスがのびのびと目を覚ます。
「あれ……はやい、ね?」
「そりゃ、寝てないからね」
「おこってる?」
「怒ってはいるけど、わざとじゃないから、やりきれない怒りの方向に困ってる」
「?」
エリスの気持ちよさそうに寝ている姿を見ていたら昨日は起こせなかった。
この話は蒸し返すべきじゃない。
「それよりもさ、清掃依頼の準備をしよう」
朝食も食べずにそのまま城へ向かう。
道中は人も少なく、のんびりと街を見渡せた。
「少し早かったかも」
依頼予定時間よりもだいぶ早く来てしまった。
「おや?君たち、随分と朝早いんだね」
緑の花柄を着た糸目の青年が声をかけてきた。
「あなたこそ。まだ門も開いてませんよ?」
男はにっこりと笑った。
「ああ、僕はちょっと用事があってね……でも、早くに来すぎちゃったみたいだよ」
「そうだったんですね」
「ごめんね。いきなり話しかけて。じゃ」
青年は一度も表情を崩さずに、来た道を戻って行った。
「ふうーん」
エリスは顎に手を当てていた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
それにしても早くに来すぎた。
「暇だなあ。お腹すいたなあ」
エリスの角は萎れていた。
「依頼が終わったらご飯食べに行こう」
「うん……」
日差しが強くなるにつれ、城前にはちらほらと人影が見えてくる。
僕と同じ依頼を受けた駆け出しらしい冒険者や、そのまま王城へ入っていくスーツ姿の人たちが行き交っていた。
昨日聞けなかった情報を集める——そんな建前で、実際は暇潰しに人々の会話を聞いていた。
——「どうして、あんなにも強い人が犯罪をするのかね?あれだけ強ければ仕事もあったろうに……」
——「最近、虫被害、酷くない?」
——「ネロさん監修の防虫剤、ってのがいいらしいよ」
とはいっても、やっぱり世間話ばかりで情報収集というほどのものは得られなかったが、目的は達成された。
依頼に記載されていた集合時間になった。
僕と似たような駆け出しの冒険者たちが次々と集まってくる。
「魔族とパーティーか。変わってるなあ」
「魔族?どうして魔族がこんなところにいるの?」
みんな、エリスに対する視線は良くない。
「ふふん!やっぱり私からは溢れるオーラがあるんだよ」
でも、エリスは見られることに満足していた。
僕は何も言わないことにした。
「はいはい。では、清掃の依頼を受けた皆さまはこちらへお集まりください」
一人の受付係がそう言うと、総勢二十名前後の冒険者が門の前へ集まった。
そこには、朝に話しかけてくれた糸目の青年もいた。
かなり屈強そうな男と、どこか冷たい感じの女を連れていた。
三人の並びには、どこかちぐはぐな感じがした。
僕はなんとなく声をかけられなかった。
僕たちは受付係から草むしりの方法、基本的な清掃方法を教えてもらい、各々の作業場に向かった。
朝は日差しが照りつける中で草むしり。
午後は広い廊下を隅々まで掃除。
たしかに、このスケジュールと仕事の量的に、冒険者を雇う理由がわかった気がする。
「掃除、めんどくさいなあ……いっそ、燃やす?」
「ダメだよ」
「ちぇっ。その方が綺麗になるのに」
「綺麗にっていうか何もなくなるだけでしょ」
会話を聞いていた冒険者たちが腫れ物を見るような視線を向けてくる。
僕は箒を持つと、周囲の視線を振り払うように埃を回収しながら端から端まで駆け抜ける。
「あ、あれ?急にすごいやる気だね」
仕事が終わる頃には、僕は誰よりも汗をかいていた。
城内のロビーにて集合し、日当を一人ずつ受け取っていく。
「あれ?なんかちょっと減った?」
朝よりも人が少ない気がした。
「アルズ……」
エリスが小声で手招きした。
「どうしたの?」
「あの冒険者たちがね、王城の備品を取ってたんだよ」
エリスは三人組の冒険者を指した。
緑の花柄の服を着た優しそうな糸目の青年が率いるパーティーだった。
間違いない。
さっき僕に話しかけてくれた人だ。
「だから、ほら……」
エリスは尻尾にくるんでいた何枚もの金貨を見せた。
「……へ?」
「いや、だから貰っていいかなって。だからほら。こっちにも……」
「わかった。もういい。もう大丈夫。今すぐ返してきて!」
エリスは不満そうにそれを持って戻しに行った。
エリスが戻ってくると、僕は聞いた。
「それで、あの冒険者たちは何を盗んだの?」
エリスは天井を指した。
豪華な天井画。その中央には、王家を象徴する黄金のティアラが描かれている。
「もしかして……」
「正解。ティアラだよ」
「ルーチェさんのティアラ?」
「多分ね」
それは国にとって、ルーチェさんにとっても大事なものだ。
窓からは茜色の光が差し込んでいる。
受付は戸締まりの準備に取りかかっている。
「取り返さないと」
「でも、どうやって?」
「話すとか?」
「実は見てた、って?」
「証拠もないし、そんな上手くいかないよね……」
受付に話しても後手に回る。
かといって近くに衛兵もいない。
このままだと見失ってしまう。
エリスは唸るように見上げると、閃いたように僕を見た。
「じゃあ戦っちゃう?その方が早いし」
「それじゃあ僕たちが捕まるでしょ」
ため息をつく。
「うーん。でも、あの人たち、なにか隠してるよ。私と同じ匂いがするんだ」
「それはエリスと同じってこと?」
「ま、まあ、そんなとこでもあったり、無かったりかな」
うっかり自爆したエリスはさておき、僕は三人の冒険者を見た。
本当に盗んだのだとしたら、妙に落ち着きすぎている。
その落ち着きは、駆け出しの冒険者らしくないようにも感じた。
「なんか嫌な感じだ……」
「いい感覚持ってるね」
エリスは糸目の青年のポケットを見ていた。
その隙間から、何かが僅かに光を反射していた。
「あれだね」
エリスはうっすらと口角を上げた。
「あのナイフから血の匂いがするんだよね」




