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第十一話


「嘘……じゃないね」

 エリスの目を見てわかった。

「でも、あの人たち、このままどこに帰るんだろうね?」


 エリスの言葉に気づかされた。

 

 登録した身元も偽物かもしれない。

 このまま姿を眩まされたら、もう追えない。

 僕が思っているよりも選択の時間は少ないかもしれない。


 キリに無理だと言われた。

 本当なら、首を突っ込むべきじゃない。

 それでも。


「見過ごせない。やろう」

「了解!」


 報酬を受け取るとすぐに、僕たちは彼らの後を追跡する。


 本当に、このまま逃げるつもりなのだろうか。


 彼らは路地裏に入る。

 人目に付かない場所を進んでいく。

 誰もいなくなったところで、女が袋を取り出す。


 中からティアラが出てきた。


「あの冒険者、まだ育ってもいなかったのに」

 女は杖を取り出し、糸目の青年に向かって言う。

「だからだよ。才能もない者は生きててもこの先辛くなるだけだからね」

 糸目の青年が言った。

「それはそのとおりだな」

 もう一人の屈強そうな男が相槌を打つ。


 僕たちは路地の影から聞いていた。

 胸が締め付けられる。

 才能がなかったら殺されてもいいのだろうか。


「それで、このティアラはどうするわけよ?」

「……うーんと。それは依頼主に聞かないとね」


 薄暗い路地裏に吹く空気は冷たい。

 夕陽に伸びた三人の影が揺れる。


「そういえば、ガルド。ここに来るとき、変なのはなかったかな?」


 糸目の青年はティアラをポーチにしまう。

 ポケットからナイフを取り出す。


——赤い血が付着していた。


「あ?どうだったかな……。いや、わからん」

「そっか。それは失格だね」


 ナイフが糸目の青年の指を離れた。

 次の瞬間——

 ガルドの喉元から真っ赤な血が噴き出した。

 巨体が膝から崩れ落ちる。


 え?


 思わず口に出してしまいそうだった。

 全身から寒気がした。

 それでも、森の王の時みたいに呼吸ができなくなることはなかった。


「殺して良かったの?」

「大丈夫だよ……。こんなのに気付けないんだったら後々僕らを危険に晒すからね」

「それもそうね」


 女はガルドを氷漬けにすると、杖で殴った。

 巨体を覆った氷に亀裂が走る。

——次の瞬間、ガルドだったものが路地に散らばった。

 砕けた氷の破片が飛び散ると、あたりに冷気が漂った。


「まだ追っ手がいるみたいだね。エル」

「そうね。今度は少し、手応えが欲しいわね」


 糸目の青年はナイフを拾い上げた。

 僕たちの隠れている路地の奥へナイフを向けた。

 

 二人が振り返る。


——僕たちと目が合った。


「アルズ。バレた」


 エリスは真っ先に飛び出す。

 糸目の青年を尻尾で薙ぎ払う。

 青年は壁まで吹き飛んだ。

 衝突した壁から砂埃が舞う。


「ったた……」


 青年は首をひねるとエリスを見た。

「いいの?僕に気を取られてて」

 僕の背後には、女がいた。

「弱そうだけど、その宝石、いいね」

 女が振り下ろす杖を咄嗟に避ける。

「……避けられるんだ」

 女は驚いたそぶりを見せた。

「そりゃ、ずっと、やられてきたからね」

 ずっと、避けることや、守ることしかできなかった経験が役に立った。


 エリスと糸目の青年。

 僕と女。

 一対一になった。


 青年は吹き飛ばされた先から僕を見ていた。


「……あの男の子、少しは戦えるんだ」

「龍である私が認めたからね。強くないと務まらないでしょ」

「君、ちょっとだけアドバイスだよ。龍、なんて希少な生き物を自分から偽らない方がいいよ。変なのに襲われちゃうからね」


「いや、ほんとだから」

「そっか。悲しいね」


 青年は手を交差させる。

 その手を広げると赤い炎が出てきた。

 周囲の埃が触れると一瞬で灰になる。

 

「じゃあね」


 エリスに向かって赤い炎を飛ばす。


 その炎はエリスを覆い尽くす。

 エリスに近づくにつれ、膨れ上がる。

 やがて路地裏を飲み込む業火へと変わる。


——業火がエリスを飲み込む。


 熱風が離れていた僕の元にも吹く。

 喉が焼けるような熱さだった。


「エリスッ!」


 僕は叫んだ。

 しかし、エリスの返事はない。

「もう、死んだんじゃないかなあ」


 女の杖の先端が光っていた。

「じゃあ、次は君ね」

 薔薇のような氷が首元を掠った。

 二、三発と避け、四発目で肩を掠る。


「すばしっこいわね」

「……」


 はやく、エリスを助けに行かなきゃ。


 油断した。

 目の前には氷の矢が迫っていた。

 直撃する。

 そう思った瞬間だった。


——ジュッ……


 氷の矢が白い蒸気に変わった。

 メラメラと燃えている。

 僕以外の二人が止まった。


「な、なんだ……これ?」


 青年がその炎を見ていた。

 僕にはわかる。


 赤い炎を、青い炎が喰らっていた。

 その中からエリスが出てきた。


——ヒュンッ……


 青い矢が青年の腕を貫いた。


「うぐッ!?」


 エリスは尻尾で地面を蹴り上げた。

 急接近すると尻尾で青年を薙ぎ払い、女を蹴飛ばした。


 女は受けきれず、ゴミ箱のあたりに吹き飛んでいく。


 青年は受け身を取っていた。


「へえ。やるね。ちょっと焦げちゃったし」

「……化け物め。喰らえッ!」


 僕たちの頭上に巨大な魔法陣が現れた。


——ゴオオォッ!


 轟音を放ちながら、炎が雷のように降り注ぐ。


「龍ノ蟠——」


 周囲に真っ青な炎が現れる。

 蛍のようにふわふわと舞う炎はエリスの身体に集まってゆく。


——やがて青炎は巨大な龍の姿を帯びた。


 エリスが放つと、炎の龍は轟々と空をうねり、頭上から降り注ぐ業火を喰らった。


「な……なにっ……!?」


 青年の膝が崩れる。

 魔法陣も砕けるように消えていった。

 エリスはじりじりと詰め寄っていく。

 青年はじっとエリスを見ている。


 まだだ。

 まだ、何かを狙っているように見える。

 僕は周囲を見渡す。


 ゴミ袋の隙間が白く光って見えた。


 よく見ると杖が覗いていた。

 それは、エリスの方を向いていた。


「させないっ!」


 片足で踵を踏み、靴を脱いだ。


「くっ!?」


 靴を女に投げつけた。

 女が怯んだ隙に、路地を駆けた。

 すかさず杖を蹴飛ばした。

 そのまま近くにあったゴミ箱の蓋を叩きつけた。


「ぐ……」


 女は気絶した。


「ふう……」


 なんとか、止められた。

 僕は急いでエリスの元へ向かった。


「……」


 青年は死を覚悟した目をしていた。


「アルズ。殺す?」


 エリスは、晩御飯でも尋ねるような口調だった。

 僕は、エリスに少しだけ寒気がした。


「……」

「どうしたの?」


 この青年と女はティアラを盗んだ。

 仲間である男も殺した。

 だからといって殺していい理由にもならない。


「……いや、冒険者ギルドに通報しよう」


 殺すか、生かすか、僕には決められない。


 たとえ、僕に命を奪える力があったとしても、生死を決める権利なんてどこにもない。


 死んでいないのなら、罪を償って生きてほしい。

 そんな風に思ってしまった。

 

 何よりも、戦えなくなった相手をこれ以上痛めつける理由もない。


「あなたたちは、どうしてティアラを盗もうとしたんですか?」

「……」

「そっか。話せないんですね」


 何も手を出さない僕を見て、青年が初めて目を見開いた。

 二人にも、何か事情があるように思えた。


「……そうだよ。話せないんだよ」

 青年は静かに言った。

「わかりました。ありがとうございます」

「……」


 青年は何かを言おうと口を動かす。

 だが気絶する女を見ると黙ってしまった。


 その後、冒険者ギルドに通報した僕たちは、彼らが連行されるのを見守った。


 青年は連れていかれる間際まで、僕を見て何も言わなかった。

 そのまま、僕の横を過ぎていく時だった。


——「……くれぐれも虫には気をつけるんだよ。僕らみたいに取り返しがつかなくなるかもしれないからね」

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