第五話
僕はエリスの言葉を疑ってしまった。
「それで、アルズはどうする?」
子どもたちは無邪気にはしゃいでいる。
村人たちは黙って仕事をしている。
おじいさんの表情を思い出していた。
でも、僕は……。
「やろう。倒せなくても、居場所を探して村に近づけないようにはできる。きっと、ルーチェさんも来る。それまでは僕がやる」
「弱いのに?」
「弱いからだよ。弱いから足止めをするんだ。あとは強い人が活躍すればいいだけだよ」
「へえ。なんだか暗いね。でも、好きだよ。できなくても頑張る人」
エリスは尻尾で僕の背中を叩いた。
「私も手伝うよ」
「で、でも……」
凄腕の冒険者すらも殺される強敵。
エリスを連れて行っても、共倒れしてしまうかもしれない。
やっぱりエリスは連れていけない。
「ごめん。エリスは待ってて」
「じゃあ、アルズが一人で死んだらさ、残された私はどうすればいいの?」
エリスはじっと僕を見ていた。
身に覚えがあった。
僕には残された人の気持ちがよくわかる。
「それ、は……」
「前言撤回。君は弱くないよ。まだ、その強さに気が付いてないだけ。まあ、安心しなよ。龍である私がついてるからさ」
エリスの虚言が心強く聞こえた。
「エリス」
「何?」
「ありがとう」
「別に感謝しなくていいでしょ。私がしたいからしてるだけなんだから」
他人からそんな言葉をかけられたことはなかった。
どんな反応をしていいかわからなかった。
「ほら!ぼさっとしてないで行くよ!」
こうしているうちにもエリスは先を行く。
その背中は遠くにあるようで、離れてはいけないと思った。
「ごめん!今行くよ!」
僕たちは偵察の名の下、村周辺の森の中を歩いていた。
村人たちには、まだ危ないから村の外に出ないように、とだけ伝えた。
「エリスはどんな魔法が使えるの?」
「前も言ったでしょ。炎だよ。真っ黒な地獄の底みたいな色のやつ」
「前は青って言ってたし、全く出てなかったけどね」
「え……そうだっけ?ま、まあ、あの時はまだ疲れてたから」
「……」
「ああ!ごめんってば。炎を出せるのは本当なんだから」
本当にエリスを連れてきてよかったのか心配になってきた。
丸太みたいなものにつまずいた。
「うわっ!」
丸太にしては妙に柔らかい感触だった。
足元を確認する。
ズボンの裾に何かが付着していた。
べったりと赤くなっていた。
小さなくびれのあるエル字のものが、転がっていた。
理解するより先に身体が震え出す。
気持ち悪い寒気と熱が身体中を交錯する。
一瞬、呼吸をすることを忘れてしまった。
「落ち着いて。アルズ。近いよ……」
エリスの声が遠くなる。
「っはあ、っはあ……」
エリスが僕の頭を尻尾で引っぱたいた。
呼吸を思い出した。
「ご、ごめん……」
「初めはみんなそうなるよ。気にしない、気にしない」
エリスの口調はいつもと変わらない。
でも、その目は鋭いものだった。
ボキッ!
木の枝が折れる音。
森の奥を見ると、黒くて丸い何かが背を向けていた。
のっそりと振り向く。
熊の体躯をした何かだった。
真っ赤な一つ目。
腹には、縫い付けられたような歯列が剥き出しになっている。
薬品のような刺激臭が鼻を刺した。
「……あ、あれが」
足が震えていた。
「正確には、森の王だったものだね」
エリスは指を鳴らした。
「そこで待っててね」
エリスは茂みから出た。
森の王だった獣はエリスを発見すると、地面に腹を擦りつけた。
——ズザザザザザッ!
地面をえぐりながら、巨体がうねる。
「ごめんね。アルズ。もう少し離れておいてくれる?」
頭上を見ると、エリスは太い枝に尻尾を巻き付けていた。
エリスの周囲に青い炎が灯り出す。
熱で喉が痛くなる。
僕が近くにいては足手纏いだ。
「わ、わかった!」
エリスは炎の弓を構えた。
青い炎が収束し、一条の矢を形作る。
放った。
——ゴオォッッ!
炎の矢が風を切る。
首が吹き飛んだ。
首のない身体は、ゆっくりと立ち上がった。




