第四話
依頼内容を要約するとこうだった。
ここ最近の急激な虫害により森では果物が不足していた。
その影響か、本来は温厚な「森の王」と呼ばれる熊が人を喰った。
その熊は複数の子分を従えている。
人間の味を覚えた以上、いつ群れを率いて人里へ下りるかわからない。
だから森の王を討伐してほしい。
現在は一足先に依頼を聞きつけた腕利きの冒険者が向かっていた。
だが最悪の事態を想定した場合、依然として人が不足している状態だった。
「報告ご苦労。それにしてもまた、か……」
ルーチェは頭を抱えるとぼやいた。
「最近は妙に生態系が荒れてるな。場所は?」
「は、はい!場所は……」
ルーチェは鞘に収めた剣を背中に背負った。
「さて、アルズ、そしてエリスだね。君たちも来ないか?」
「え?」
それは突然すぎる提案だった。
「私が王を討伐するその間、被害を抑えるために協力して欲しいんだ」
「え……でも、僕は」
言えなかった。
魔法が使えないとは。
「リヴィエラからずっと聞いていたんだ。アルズ、君がすごい人だと」
何が?
お姉ちゃんは嫌味や嘘をつく人じゃない。
なぜ、お姉ちゃんがそんなことを?
「もちろん無理にとは言わないよ。君はまだ、冒険者でもないからな」
「……」
僕が行ったって何もできない。
そんなのはわかってる。
なのに。
「やります」
そう答えてしまっていた。
「助かるよ。とはいえ、冒険者ではない君たちには、村の警備を頼みたいんだ」
ルーチェは真っ白な手袋をはめ、背中の剣帯を締め直した。
「はい。承知しました」
「うん。では早速、依頼のあった周辺に行くから私の手を握ってくれ」
僕とエリスはルーチェの手を握った。
身体が光に包まれる。
ふわりと空を飛んだような感覚がした。
瞬きをした次の瞬間、景色が変わった。
そこは、依頼書で見た森の手前だった。
「今のすごい便利だね。どうやってやったの?」
「瞬間移動みたいなものだよ。まあ、単純に身体を粒子に変えて移動させただけだよ」
「へえ、やるね」
エリスは自分の手足を確認していた。
「ふふ。ありがとう。それじゃあ、この先を進んだところに村がある。後はよろしく頼んだ」
そう言い残すとルーチェは光となって消えた。
「安心して。アルズは弱いから、私が守ってあげるよ」
「弱いは余計だよ」
***
——森の奥にて。
何もかもおかしい。
本来、森の王は温厚な熊だと聞いていた。
なのに、血を浴び、息を荒げていた。
熊とは呼べない姿だった。
「う、うわああああっ!」
腕利きの冒険者は三人だった。
ある冒険者の手足は食い千切られた。
もう一人は木の枝に突き刺さっていた。
最後の一人。
巨大な火の柱が森の王へ直撃した。
傷一つ付かなかった。
「っ!?」
森の王は突如、攻撃を止めた。
そのまま冒険者に背を向け、山の斜面をゆらゆらと下っていった。
ほっと息をついたのも束の間。
茂みの奥。
大量の生き物が、涎を垂らしながら真っ赤な目でこちらを見ていた。
冒険者の顔から血の気が引いた。
「え……あ」
***
依頼のあった村近辺は不気味なほどに静かだった。
ルーチェさんと別れて僕たちが村に着くと、村人たちは農作業をしていた。
「このへんで、森の王討伐の依頼があったのですが……」
僕は近くにいたおじいさんに声をかけた。
「ああ、依頼を出したのは儂だな。でも、ついさっき、手練れらしい冒険者が三人向かったからきっと、大丈夫だ」
少し安心した。
見た感じ、村が襲われた形跡はない。
凄腕の冒険者が先に依頼を引き受けていたんだ。
すでに依頼は達成されたのだろう。
「他に被害は出ていませんか?」
「ああ。大丈夫だよ。でも、本当に気の毒だったな……。あの子は真面目でいい子だったのに……」
おじいさんの皺深い顔が震えているのを見ていると、一瞬でもほっとした自分を殴りたくなった。
「念のため、これ以上被害が出ないよう村の周囲を見て回ります」
「おお……それは心強い。ありがとうな」
おじいさんは目を細めて微笑んだ。
笑っているはずなのに口元は固く縛っていた。
よく見ると村の人もそうだった。
傘帽子を目元まで深く下げ、ただ淡々と作業をしていた。
そこには被害がなくとも、その事実が深い影となって村を包み込んでいるようだった。
「アルズ。少しいいかな?」
「なに?」
エリスは少し黙って周囲を見渡した。
誰もいないのを確認すると口を開いた。
「……森の王ってのが来てるっぽいよ」
エリスは小さな声で囁いた。
その言葉に寒気がした。
事態を何も知らない子どもたちだけは楽しそうに農園ではしゃいでいた。
ある小さな子どもが僕たちに手を振ってくれた。
「どうする?」
「さっき言ってた冒険者は?」
「……さあね。森の王様が怖くなって逃げ出しちゃったとか?」
「こんな時に変な嘘をつかないでよ」
木の影が足もとにまで伸びてきていた。
ざわ……。
「よくわかったね。その人たちは、もう——」
ざわつく風の音がエリスの言葉を運んできた。
聞き間違いじゃないだろうか。
風のいたずらじゃないだろうか。
僕は確かめるようにエリスを見た。
静かに頷いた。
「もう、死んでるよ」
エリスはそう告げていた。




