招待
エリスの言葉を聞くと、守衛はぴくりと手を止めた。
「それはそれは……大変失礼いたしました。ということは、ネロ様にお招きされたのですね?」
無線通信機をポケットにしまうと、取り繕った笑顔を見せた。
「うん。そうだよ。それでなんだけど、そこで何するの?」
「存じ上げておりませんか?ただ、ネロ様とご食事をするだけのはずですよ」
うっすらと笑う守衛の顔は、ランタンの陰に隠れていた。
「はぁ……」
突然、エリスはため息をついた。
「はぁ……やっぱり下っ端じゃだめかあ」
——ヒュンッ
エリスの尻尾が風を切る。
バタンッ。
音のした方を見ると、守衛は声を上げる間もなく崩れ落ちていた。
「よっこらしょ……」
エリスは守衛をそこら辺の草木の中に放り込もうとしていた。
「こ、殺したの?」
「ううん。ただ、寝かせただけ。ちょっと手伝ってよ」
「え、ええ……」
ぷらん、と人形みたいな守衛を茂みの中に寝かせた。
エリスは一仕事を終えたように一息ついた。
「それで、エリス。招待状って?」
エリスの『招待状』の一言を聞いた途端、守衛の態度が変わった。
それが、よくないことを示していそうだけど、僕は知りたかった。
「さあ?この前さ、ネロについて調べに行った時にやたら出てきた言葉だったんだよ」
「どうやって調べたの?」
「まあ、ネロを知ってそうな人の家にこそっとね」
エリスは悪そうな笑みを浮かべていた。
「ま!今はそれよりもさ、中、調べてみよ!」
エリスは薄明るい守衛室に入って行く。
「あ、ちょっと待ってよ」
守衛室には、膨大な数の防犯魔法装置が並び、緊急連絡先もいくつも記載されていた。
「これ、どうやって開けるの?」
門の解錠に使いそうな装置があるが、どれがどれかわからなかった。
「う~ん」
エリスは腕を組んで尻尾を上下に揺らしていた。
「わかんない。アルズ、何かある?」
僕は複雑な装置から目を離すと、エリスを見た。
「エリスって飛べるんだよね」
エリスの白い翼がガス灯に照らされ、夜空に映えていた。
唯一の懸念は、エリスが飛行しているところを見たことがないことだ。
「まあ、飛べるけど」
「じゃあ、空から侵入しよう。パッとゲートさえ超えれば今なら誰にも見られないはず」
「いいけどそれ、何か装置とかに引っかからない?」
たしかにエリスの言う通りだ。
「うーん……」
「ま、ブザーが鳴ったりしたら壊せばいっか!」
エリスは閃いたように言うと、翼を広げた。
「とはいっても、私、あんまり飛んだことないんだけどね」
「え?」
そのまま、尻尾を僕に巻きつけた。
「じゃ、行くよ!」
「え、エリスッ!やっぱり、ちょっとま……」
エリスは勢いよく空へ羽ばたく。
一瞬、足元から地面が消えた。
冷たい夜風が頬を叩く。
気がつけば遥か上空にいた。
空からは鉄のゲートが小さく見えていた。
侵入まであと少し。
あと数メートル。
本当に何も起こらずに侵入できるのだろうか。
やがて、鉄のゲートは僕たちの背後に流れていった。
——青黒い月を背に、王城のようにそびえる豪邸が姿を現す。
月が雲へ隠れると、その豪邸はまるで化け物のように黒く沈んだ。
真下には芝生が広がっていた。
その上には、赤い光が規則正しく並んでいた。
するっ。
突如エリスの尻尾が緩んだ。
「え、エリス。大丈夫?」
「ま、まあね。何せ私は伝説の……って」
エリスが尻尾を再び巻き締めようとした時だった。
強風が吹き付ける。
エリスの翼が風に流れる。
体勢が一気に傾く。
「うわわわっ!」
エリスが慌てたように声を漏らす。
視界がぐるりと傾く。
僕たちは地べたに一直線に落ちていく。
その先には魔力感知器が設置されていた。
もし、そこに落ちれば、僕たちのことがネロにバレてしまう。
でも、今はそれどころじゃない。
「エリスっ!し、しっかりッ!」
声が風に消される。
地面が一気に近づく。
このままだと、ここで死ぬ。
僕はエリスの尻尾をギュッと握る。
「ンッ!?」
エリスの目がぱっちりと開く。
ばさりと白い羽根を散らしながら翼が広がった。
地面が目前まで迫る。
ぴたっ。
地面すれすれで、ぴたりと落下が止まった。
そのまま僕たちは芝生へ転がり込んだ。
「はぁ……疲れたぁ……」
エリスは地面へ突っ伏すと、翼だけをぱたぱた動かしていた。
ふう。
一安心。
息を吐くのも束の間。
「あっ……」
魔力感知器が僕たちをじっと捉えていた。
真っ赤なレンズが静かに光っている。
四角の感知器の頭にはスピーカーのようなものがついていた。
「え、エリスッ。起きてっ!」
エリスを揺さぶるが、人形みたいにふにゃふにゃと揺れるだけだ。
僕だけじゃ何もできない。
頼みのエリスも倒れてしまっている。
打つ手はもうない。
目をぎゅっと祈るように閉じる。
——カチ、カチ、カチ、カチ……
まるで心音のように音が鳴る。
真っ赤なレンズが、僕たちを見据えていた。




