赤い月
翌日。
朝は街のゴミ回収の依頼をこなし、午後からは書店に立ち寄っていた。
今日は昨日に引き続き、崩壊期について調べていた。
エリスはシュラインを呼び、本の解読をしてもらっている。
崩壊期について記された本の表紙には、赤い月が描かれていた。
赤い月の日。
白き花が災いの日を告げる。
五賢者は自らを捧げる。
シュラインはそう翻訳した。
「あっ、エリスさんっ。これを見て下さい。さっき出ていた災厄の日と、ここに記載されている平和の祈りの日が同じ日を指しているんですよっ!これは、僕が見つけて……」
「私が知りたいのは宝石のことなんだけど……」
エリスは頭を抱えながら、シュラインに付き合わされていた。
少し離れたところに座る僕は、アズレースさんの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、エルフの里について聞いていた。
「エルフの里っていうかエルフって実在してたんですか?」
「ええ。実在してますとも。ただ、他種族のいる地には滅多に姿を現さないとされてますからにゃ」
「そうだったんですね。少し気になったんですがエルフの里ってどこにあるんですか?」
手元に地図を開けてはいるが、エルフの里についての表記が一切ない。
「聞くところによると、ここから東へ進んだ森にあるそうなのですが……」
これ以上のことはアズレースさんも知らなかったらしい。
「ありがとうございます。今度エッセルに向かう機会があれば探してみます」
「うーむむ……」
僕がアズレースさんとの話を終えた頃、シュラインはエリスの差し出した本を手に取り、唸っていた。
「たしかに、アルズさんの宝石と似てますね……」
「でしょ」
「でも」
シュラインは本に目を通しながら言った。
「この宝石は、書物によると、今は立ち入りを許されていない西のウリグル地域の古城にあるそうです。ですが、僕がこれまで読んできた探検録には、その古城に何も無かったと記されているんです……」
「うーん。これじゃあ情報がチグハグすぎて調べきれないね。仕方ないけど……」
エリスのため息を遮るようにしてシュラインは広げた手を差し出した。
「い、いえっ。こんなところで、諦めるべきじゃありません。こうなったら手当たり次第にウリグルの古城についての書物や歴史書を漁りましょう!」
「え、でも……」
シュラインは丸眼鏡の枠にエリスを捉えた。
「ダメです」
「え、でも、翻訳料金払うんだよね」
「ええ。勿論!必ずや、宝石の真相を見つけますからっ!」
「ええ……」
エリスは嫌そうにしていたが、シュラインは自信満々に、水を得た魚のようなテンションで、聞く耳も持たずに分析を始めてしまった。
結局、夕方過ぎまでずっと本は積み上がっては雪崩を繰り返していた。
「ごめんなさい……。今日は流石にお金はいただけません」
正気に戻ったシュラインは僕たちに謝った。
「大丈夫です。むしろこれだけ長時間、お世話になったのに本を買わないのは申し訳ないですよ」
それに、シュラインは収穫が無かったように嘆いていたが、僕たちにとっては何の収穫もなかったわけではなかった。
一冊の古い本の隅に、たった一行だけ気になる記述があった。
——龍の血を飲みし叡智の青水晶。死と共に散る。
これ以上の発見はなかったが、龍と青水晶について何かしらの関係があるかもしれないことがわかった。
「うーん……なんでだろうなあ」
エリスは腕を組んだ。
「どうしたの?」
「いやあ、私、なんか宝石のこと知ってそうなんだけどな」
「そもそもエリス、僕と会う前のことは覚えてるの?」
そう聞くとエリスは眉を寄せた。
「……あれ?」
少し考え込んでから笑う。
「思い出せないや」
まあいいか、と笑うエリスを見ているとため息が出てしまった。
「エリスさーん!」
奥からシュラインの声が聞こえてきた。
「う……」
「どうしたの?」
「いや……さっき適当に花の本探させたら、本気になっちゃって」
「ほら、見つかりましたよ!早くきてください!」
結局エリスは古書店の鐘が鳴るまでシュラインに付き合わされていた。
僕は鐘が鳴るとエリスを救出し、二冊の本を手に取ってアズレースさんの元で会計をしていた。
「あの……もし差し支えなければですがにゃ」
アズレースさんは尻尾の毛先を手でいじっていた。
「なんでしょうか?」
「アルズ様。できればですが、会計は『金貨』でお支払いいただきたいのですが」
アズレースさんはそう言った。
「いいですけど?」
言われた通りに会計は金貨で支払った。
アズレースさんは輝く金貨を手に持つと、愛おしそうに頬をすり寄せていた。
「ああっ!たまりませんッ……どうしてこうも、光るものは美しいのでしょうかっ!」
「エリス。帰ろっか」
「……ああ、うん」
外に出ると夕陽は沈みかかり、あたりは薄暗くなってきていた。
古書店を出てから、エリスは今日も口数が少なかった。
僕たちは昨日と同じ帰り道をたどっていた。
うっすらとした街灯には点のような虫が集まっていた。
病院手前を通り過ぎる時だった。
どこかの木々が音を鳴らす。
——カサカサカサ……
冷たく乾いた風が吹く。
「アルズ」
さっきまで一言も話さなかったエリスが僕を呼ぶ。
「エリス。どうかした?」
「いーや……。何かいるなってね」




