崩壊期
翌日。
今日は朝から簡単な清掃の依頼を受け、小銭を稼いだ後に、古書店へ向かっていた。
「そういえばなんで本屋に行こうと思ったの?」
僕が聞くとエリスは人差し指で青水晶の宝石を示す。
「それだよ。それ!ずっと気になってたから調べに行くんだよ」
「ああ。青水晶ってこの首飾りの?」
「そう。私の見立てではもっと魔力が溢れてるはずなのに何にも感じないんだもん」
「そんな宝石あるの?」
「あるから探してるの!」
エリスが宝石について語っているうちに古書店に辿り着いた。
街の大通りに位置するそこは、巨大なお城のような建物だった。
外装は少し黒ずみ、年季を感じさせる。
雰囲気はあるものの、出入りする人や魔族の姿は見当たらない。
「さて、今日はその宝石が偽物かどうか暴きに行こう!」
エリスは張り切りながら古書店へ入った。
中は洞窟のような薄暗さと涼しさだった。
紙と木材のにおいが広がっていて、柔らかく灯るシャンデリアは立派だった。
エリスと僕は歴史書のコーナーを探す。
脇の螺旋階段を登ると、七色に輝くステンドグラスの近くにそのコーナーがあった。
「あったよ。アルズ!」
エリスが叫んだ。
すると、隣のコーナーにある脚立の上から、眼鏡の少年が顔を出す。
「ちょっと、ここでは静かにしてください……って、お客さんですかっ!?」
エリスの声よりも大きな声だった。
「おい。シュライン。お前の方が五月蠅いんだにゃ」
脚立の下から、動物みたいな声がした。
「あ。ご、ごめんなさい。お客さんなんて久しぶりでしたから」
隣のコーナーにいたのは、この書店を営むオーナーたちだった。
一人は眼鏡の緑の髪の少年で、しっかりしていそうだ。
もう一人は、もふもふとした黒い毛皮に包まれた、少年よりも小柄な猫の男性だった。
「なるほど。その青年がかけてる首飾りの宝石について知りたくて来たというわけですにゃ?」
猫のオーナーは真っ青な瞳で、僕の宝石を見ている。
肉球がぴくぴくと動いていた。
「っぐッ!すまにゃいッ!その宝石、僕の前では見せないで欲しい」
猫は小さな肉球で自分の目を抑える。
どうやら、光るものがあるとそれを捕まえたくなるらしい。
「アズレースさん。しっかりしてください。折角のお客さんなんですよ」
シュラインの『お客さん』という言葉にアズレースは気を取り直した。
「あ、ああ!失礼しましたにゃ」
アズレースは跳ねた毛を指で整えて落ち着かせた。
「それで、何か本をお探しですかにゃ?」
「……うん。崩壊期の書物はある?」
「ああ。それでしたら……シュライン、案内してあげるにゃ」
「わかりました。では僕に付いてきて下さい」
シュラインの案内のもと、一番奥の本棚に向かうと崩壊期の本がまとめられていた。
「こちらです。ですが、お客さん。翻訳した本は公に出てないのに読めるんですか?」
「もちろん!私を誰だと思ってるんだ」
エリスは胸を叩くと、一番上の本棚から本を取って開けた。
「うんうん……読めない!」
「エリス」
「あ、ああ。ごめんごめん!文字自体は見たことあるんだけど、そもそも私、文字の勉強とかしてこなかったんだった」
エリスは大きく口を開けて笑った。
シュラインは深くため息をつく。
「僕、読めますけど」
「え、ほんと?」
「一応、オーナーですし、これくらいなら、ある程度知識があれば読めますよ」
「じゃあ」
エリスが頼もうとしたのを、シュラインが手で遮る。
「ですが!見てのとおり、あり得ないくらいにうちはお客さんが少ないんです。それなりに本、買ってくれるのが条件!」
エリスは僕を見る。
「うん。仕方ないよ。何冊くらい買えばいいんですか?」
「ざっと十冊ですかね」
「……いくらくらいですか?」
「それはもちろん、お客様の予算に合わせますよ。ぼったくったりもしませんから」
「うーん……なら、いいのか……」
僕たちはシュラインと契約し、本の翻訳をしてもらえることになった。
エリスは、焼けた古本を開けた。
そのページには絵があった。
地面からうねうねと黒い手が生えていて、その中に人が飲み込まれている。
エリスはページをめくった。
空から黒い雨が降り、赤い目のようなものが地上に溢れている。
更にページがめくられた。
陽光に照らされる人間が悶え苦しんでいる。
その中に、光る魔法陣を扱う人が描かれていた。
シュラインによれば、そこにはこう刻まれていた。
——昔、災厄の手により人類は滅亡の一途をたどる。
ある時、魔族が出現する。
またある時、魔法を扱う人類が出現する。
五人の賢者が災厄に立ち向かい、その一人は青き結晶を身につけていた。
彼らは後に五賢者と呼ばれる。
「それにしても、どうして崩壊期なんですか?」
シュラインはエリスに尋ねた。
「うーんとね。アルズのあの宝石と何か関係があるのかなって」
「先代五賢者の一人が、災厄を封印する際に使ったとされる青水晶ですか?」
シュラインは、エリスが手に取った本と僕の宝石を見比べた。
「そうそう」
エリスは黙々と本をめくり、シュラインがその翻訳をしている。
翻訳が始まると、僕は隣でアズレースさんに勧められたコーヒーを飲みながら耳を傾けていた。
「アズレースさん。この宝石はお姉ちゃんが持って帰ってきた物なんです」
「ほお。それは興味深いですにゃ」
「それで、仮にこれが書物の青水晶だとしたらお姉ちゃんはどこで見つけたと思いますか?」
そう聞くとアズレースさんは喉をゴロゴロと鳴らしながら唸った。
「そもそも、青水晶自体、私の知る限りの書物には殆ど何も記載されてないにゃ」
「そうですか……」
アズレースさんはカップを手に持つと、小さく揺らした。中のコーヒーに波紋が広がった。
コーヒーの波紋が落ち着いた時だった。
「ですが」
アズレースさんは僕の目を見た。
「エルフの里にて、青水晶にまつわる伝承が残っているそうです」
エルフの里。
僕も聞いたことがあるが、てっきりおとぎ話の世界だと思っていた。
さらに聞こうとした、その時だった。
——ゴーン、ゴーン……
「おや、閉店の時間ですにゃ」
古書店の鐘が僕の問いを遮ってしまった。
「まさか、古本とはいえ本当に十冊お買い上げいただけるとは」
アズレースさんは尻尾を左右に振っていた。
シュラインが話し足りなさそうにしていたその横で、エリスは疲弊していた。
「アルズ様にエリス様ですね。またのご来店をお待ちしております」
アズレースさんは店の外まで顔を出し、丁寧にお辞儀をしてくれた。
「エリス。何か収穫は?」
「……あ~。シュライン。彼、語り出したら脳内まで情報でいっぱい」
オーバーヒートしていた。
「大丈夫?」
「ああ……うん。まあ、一応だけど……もしかしたら、青水晶を作ったの……私、かも」
「え?それってどういうこと?」
「覚えてない……けど、もう少し調べたい」
エリスは力尽きたように話さなくなってしまった。
「エリス。あと悪いけど、今日は雑草で済ますからね」
「うん……」
食事に回すほどのお金の余裕はなくなった。
でも、シュラインとアズレースさんの笑顔を思い出したら、嫌な気はしなかった。
「明日も宝石について調べてもいい?」
「いいよ。僕もアズレースさんに聞きたいことがあったから」
「よかった……ごめん。眠い……宿までおぶって」
エリスの角はしんなりとしていた。
よっぽどシュラインとの会話に疲弊したみたいだ。
「いいよ。鍛錬中は毎日僕をおぶってくれたから」
「ありがとう……」
僕たちが宿へ向かって歩き出す頃には、もう黄昏時だった。
道中は、夕暮れにさらわれてしまったかのように人が少なかった。




