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対等


「それ……いいことじゃないでしょ」

「それで、アルズは聞いてどうするの?」

 荒い呼吸を繰り返しながら、キョウシュウとの会話を思い返す。

 これは、僕なんかが首を突っ込める問題ではない。


 でも、だからと言って静観しているだけなのは嫌だった。


「大会が終わったら、ルーチェさんに相談しよう。僕たちでもできることを探そう」

「ふふ。いいね。じゃあ、まずは目の前の試合でしっかり鍛えようね!」

「うん。ありがとう」


 軽く走りながら病院へ戻ると、その日は早めに眠った。

 翌日も大会は進み、キリは危なげなく次の試合を勝ち上がった。


 そして、いよいよ僕とキリが戦うことになった。


 試合会場に向かうと、会場の至る所からキリの名前が聞こえ、人々の声は興奮に満ちていた。


 控え室の張り紙には、大きく書かれていた。


 『アルズVSキリ』


「はあ……キリ、かあ」

 覚悟はしていたつもりなのに、いざ近づいてくると気が引けてきてしまう。

 キリの名前を見るだけで過去の記憶がチラつく。


——「アルズ、お前、もう俺に話しかけるな」


 その時の幻滅した目。

 思い出すだけで息が詰まる。


「どうしたの?」

 エリスが僕の顔を覗き込んでいた。

「ううん。なんでも……」

「そっか。帰ってきたら慰めてあげるからね」

「負ける前提なんだ。まあ、ありがとう。エリス」


 試合の対戦表を見るのをやめた。


 控え室の外から、係員が僕の名前を呼んだ。

 薄暗い控え室を出て、光の差す通路を進むと、闘技場へ出た。

 火傷してしまいそうな歓声が鳴り響く中、いよいよキリが姿を現す。

 

 熱狂に包まれる中、僕とキリだけは互いに黙っていた。

 今の僕たちの間にだけは、その熱が届かなかった。

 

 大会の緊張じゃない。

 胸が締めつけられるような緊張が走っている。

 できれば、もう会いたくなかった。

 こんな嫌な緊張はしたくなかった。


 でも、こうして互いに向き合ってみて思う。

 本気で向き合わないと後悔が残って、嫌な記憶は忘れられない。


「それではッ!予選決勝戦、開始ッ!」

 試合開始の合図が鳴り響いた。


「……こいよ」


 キリは人差し指をくいと上げた。

 挑発に乗るつもりはない。けれど、先手を譲れば負ける。


 僕はキリに向けて木の枝を構えた。

 すると枝は白く光る。

「閃光斬……」

 初手から枝を薙ぎ払うと、斬撃が光の筋となってキリを包み込んだ。


 キリに攻められたら負けだ。

 僕が勝てるとしたら短期戦しかない。


 あたりに砂埃が舞い、視界を遮っていた。

 キリの立っていた位置から向かい風が吹いてくる。

 砂埃が流れ、視界が開ける。


 キリは無傷で立っていた。

 頭上に巨大な緑の魔法陣が現れると、立っているだけで押し飛ばされそうな風が吹き始める。


「これはお前にも見せたことなかったよな」

 さらにキリは緑の魔法陣の上から赤の魔法陣を重ねる。

 すると、炎が風に大蛇のように巻きついた。


——ヒュゴゴォォ


 最上階の観客席まで呑み込みそうな炎だった。

 観客席を守る透明な結界が、熱風を受けて波打った。


 喉が焼けるような熱風が吹き付ける。

 火の粉が頬に触れる。


「あつ……」

「降参するなら今のうちだぞ?」

 キリは僕をじっと見据えている。

「いいや……まだやるよ」

 僕は火の粉を振り払い、キリを睨む。

「……そうか。なら遠慮はしない」


 再会してから初めて、対等に話せた気がした。


「火炎竜巻ッ!」


 キリは炎の竜巻を放つ。

 爆風で砕けた石片が、僕の頬や腕を切り裂く。


 まずはこの魔法をどうにかしなくては。

 僕は迫り来る炎を前に目を閉じる。

 グッと腰に力を入れ、深呼吸をした。

 炎の嵐が僕の身体を包み込もうとした瞬間。


「閃光斬ッ!」


 本気で枝を振り抜くと、まばゆい光が会場を包み込む。

 

——シュンッ……


 光が駆け抜け、遅れて音が追いついた。

 竜巻と閃光斬が激突する。

 

——ドガアァンッッ!!


 あたりは黒煙と砂煙に包まれた。

 観客たちが困惑したようにどよめき出す。

 やがて、観客のどよめきの中で黒煙と砂煙が薄れていく。


「……っはあ、はあ……っはあ」

 僕は、なんとか立っていた。

 腕を動かそうとした時だった。

——ぶちッ。

 腕の内側で、何かがぶち切れた。

 右腕に痺れるような痛みが走る。

「ぐっ……」


 対するキリは……。

 髪についた灰を振り払っていた。


「今ので終わらせるつもりだった」

「……僕も、そのつもりだった」

「つまりお前は俺と戦えてるわけだ」

 キリは息を整えると、ゆっくりと空に手を上げた。


「やっぱり、お前。英雄の弟なんだな」


 キリの掲げた手の先に、赤と緑、二つの魔法陣が重なって浮かぶ。

 けれど、その輪郭はわずかに歪み、先ほどより小さい。


「……魔力、枯渇してきた?」

「ああ。まあな。でも、これでいい。お前は終わりだからな」


 二つの魔法陣の中央で、炎がゆっくりと膨れ上がる。

 それは地面をも溶かしてしまいそうな熱さだった。

 

「アメシズクッ!」

 僕の魔法は規模で言えばあの炎の半分にも満たない。

「何の真似だ?」

「……熱そうだなって」

「鉄でも一瞬で溶ける。練習したさ」

「へえ……いい、ね」


 でも、僕の出せる最大の大きさだった。


「……場外に出れば火傷で済むだろうな」

 そう言ってキリが放とうとした瞬間。

 水魔法を最大速度まで上げる。

 それをキリ……ではなく、火の中へ向かわせる。


「燃えるだけが、爆発じゃない」

「なんだ?」

「水は一瞬で蒸気になると、急激に膨らむ」

「まさかっ!」


 僕はあえて仕組みを教えた。

 何も知らずに受ければ、キリでも死ぬかもしれない。

 それでもこの手を使うのは、キリの強さを信じているからだ。


 小さなアメシズクは火の中に飛び込む。

 風の渦に閉じ込められた炎の中で、アメシズクが一瞬で蒸気へ変わった。

 膨れ上がった蒸気が、風の檻を内側から破る。


 音を置き去りにした爆風が巻き起こる。


 一瞬、あたりがピカッと光る。


 耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。


——シュウゥゥ……


 水蒸気が周囲を覆いつくす。


 その中に、二人の影だけが残っていた。


 やがて白い霧が薄れ、影の輪郭が鮮明になっていく。


 そこには一人立っていた。

 もう一人は倒れていた。


 立っていたのは——キリだった。


「……やっぱり、強いね……」

 キリがそんなにすぐに倒れる訳がない。

 昔から誰よりも努力を重ねてきたことを僕は知っている。

 キリは天才なんかじゃない。

 秀才だ。


「……あたり、まえだろっ」

 ふらふらとしながらも、キリの目は鋭く光っている。


 その目を睨み返した。


「いい顔、するようになったな」

 小さな声だった。

「え?」

 聞き間違いかと思った。

 けれど、キリは笑っていた。


 その笑顔は、キリと遊んでいた幼い頃に見たものとそっくりだった。


「お前。いつからか知らんが、諦めた目をしてた」

「……」

「勝ちも狙わず、避けて、逃げて、負けて、負けて。言い返さず、やり返さず……」


 キリは一度、息を整えた。


 水蒸気の消えた闘技場は、不思議なほど澄んで見えた。

 雲の切れ間から眩しい光が差し込む。

 その光が僕たちを照らしていた。


 遠くで歓声が爆発した。

 目の前のキリの姿がぼやけてきた。

 そんな中だった。


「まあ、よくやったな」

 キリのその言葉だけは、はっきりと聞こえた。


「勝者ァッ!キリィーー!!」


 視界が真っ暗になった。

 

「……まだ、謝らないぞ。俺は」


——僕は、負けた。

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