第二六話
「あ。起きたね」
「……エリス、どこ行ってたの?」
「ごめんごめん。ちょっと虫について気になることがあってね!それよりも、二回戦。アルズも頑張ったね!」
エリスの「も」という言葉を聞いて思い出した。
「そういえばッ、レンはどうなったのッ!?」
「え、いるじゃん……」
エリスが僕の横を見た。
隣のベッドにはボロボロのレンがいた。
ただ、黙っていた。
病室は、夕暮れの色から少しずつ夜の色へと移ろい始めていた。
窓から忍び込む風が冷たく吹き抜けた。
レンは口を開く。
「ごめん。アルズ……俺、負けた」
僕とレンの間が夕暮れと影の境界線になっていた。
「なんで謝るの?」
「なんでって……」
「そんなに、勝つのは大事?」
「……」
レンは黙ってしまった。
「俺は……負けるのはやっぱり嫌だな」
レンの指が布団を握り込み、白い布に深い皺を作った。
カーテンが風に煽られていた。
「おかしいよな……楽しめってお前には言っておいたのによ」
レンの乾いた笑い声が響く。
「でも、僕はレンのおかげで救われた」
「……アルズ」
その手が小さく震えている。
「失望されるの、怖い?」
レンに尋ねた。
「……それは」
言い淀んでいる。
でも、その怖さなら僕も知っている。
「僕は負けるのも失望されるのも、少しだけど慣れてるんだ」
レンはようやく僕を見た。
握りしめていた手が緩み、布団の皺がほどけていく。
「……」
「痛いでしょ?」
「ああ。めっちゃ痛いな」
僕は起き上がる。
ふわりとカーテンが浮くと、夕日が差し込んできた。
「エリス。少し鍛えに行くから付き合ってよ」
「もう走るの?さっき倒れたばっかりだよ」
「だからだよ」
エリスは尻尾を跳ねさせて起き上がる。
レンは黙って僕を見ていた。
「レン……」
僕は名前を呼んだ。
レンはじっと僕を見ている。
「僕は弱いけどさ、勝っても負けても、一緒にいてくれる人がいるってわかったんだ。だから、前ほど負けるのが怖くなくなった」
「……」
「じゃあエリス。行こう」
「無理はさせないからね!」
「大丈夫。治療はしてもらったし、今日は軽く走るだけにするよ」
レンのほうを振り返らず、病室を出た。
僕たちはブライトライトの坂道を軽く走っていた。
「魔力はほとんど増えないのによく走るね」
「仕方ないよ。今はこれでしか鍛えられないから」
「いいね。ここで私からいいことを教えてあげるよ」
「いいこと?」
エリスは得意げに、にやりと笑った。
「そう。いいこと」
エリスは周囲を見回し、人や魔族がいないことを確かめると、弾む吐息に紛れ込ませるように声を潜めた。
「ネロはやっぱり黒だったよ」
夕暮れは終わりを迎える。
景色が闇に埋もれる中、エリスの声が静かに響いた。




