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第二五話


 翌朝。

 目が覚めると隣にエリスはいない。

 代わりに、陽の光を受けて白く存在感を放つ紙が窓際に置いてあった。


——アルズの試合が始まる頃には戻ってくるよ。


 利き手とは反対の手で書いたような、随分と拙い字だった。線もぶれている。


 心配ではあるがエリスなら大丈夫だろう。

 僕は真っ白な紙をそっと元の場所へ置くと、会場に向かった。


 道中にも、会場にもエリスらしき人は見当たらなかった。

 エリスは見つけられないまま、待合室に到着してしまった。

 本当にどこへ行ったのだろうか。

 いくらエリスが強いからといって不安だった。


——「アルズ様!」


 結局、僕の名前が呼ばれるまでに、待合室へエリスが来ることもなかった。


 闘技場へ上がった。

 ギラギラとした日差しが眩しい。

 昨日にも増して会場は熱気に包まれていた。


 司会が僕の名前と肩書きのようなものを叫び、次に入場した冒険者の紹介を始めた。


「対しますはッ!エッセル地方出身の遠距離魔法を得意とするシリアッ!」

 

 僕は青い髪の女冒険者と対峙する。

 杖を持ち、マントを羽織り、ハットで顔を隠している。

 いかにも魔法が得意そうだ。


「二回戦ッ!はじめッ」


 合図と同時に相手は場外寸前まで遠ざかる。

 魔法の詠唱を始める。

 小さな魔法陣が相手の足元に浮かぶ。


「ブルーラット……」


 鼠の形をした水は足跡をつけながら走り出し、牙を向けて襲ってくる。

 数が多すぎて全てを避けていたらきりがない。

 木の枝で応戦する。


 ばちゃっ。


 水の鼠を切り裂くたび、足元に水たまりが広がっていく。


「……インパクト」


 相手はすかさず足元に魔法陣を浮かべる。

 水たまりに波紋が広がると、数秒のうちに水滴が浮かび上がってくる。

 それは丸い水の雫となり水の弾丸となって襲ってくる。


 咄嗟に回避するも全てを避けきれなかった。


「っぐ……」


 身体中を掠めた水の弾丸が肌を切った。

 手足に擦り傷ができ、水が染みる。


 僕が体勢を立て直そうとしているうちに、相手は魔法の詠唱をしていた。


「オートメーション……」


 風船のように浮遊する水の玉が浮かび上がると、輝きを放った。

 それは意思を持ったように襲ってくる。


 木の枝で斬り裂くも、一発一発が重く、反動で手がしびれる。


「インパクト」


 オートメーションが残した水たまりを利用して、再び水の雫が足元から破裂する。


 避けきれない。


 魔法で応戦したら勝率は限りなくゼロになるだろう。


 勝つためにはやむを得ない。


 やるしかない……。


——ズババババッ!


 咄嗟に背を向け、全て受け切った。

 

「へえ……全部、受けるんだ。面白いわね」


 避け続けるんじゃない。

 僕の身体を使って、相手に近づく。

 今の僕にできるのは、耐えて、近づくことだけだ。


 僕は木の枝を構える。

 相手に向かって直線に走り、剣技を放つそぶりを見せる。

 相手の意識が木の枝へ向いた。

 真剣な表情で、杖を握る手に力を込める。


「枝を奪え。ブルーラット」


 水の鼠が魔法陣から一気に現れた。

 僕の木の枝めがけて飛んでくる。


 当たる直前。


 僕は木の枝を手から離す。

 そのまま、木の枝を蹴り上げた。

 水の鼠たちは木の枝を狙って飛んでいく。


 その隙だ。

 一気に迫る。

 オートメーションには、詠唱の時間がある。

 この距離ならば、間に合わないはずだ。

 間に合うとしたらインパクトだろう。


「想定内……。ウォーターベール」


 高さ二メートルほどの水の壁が僕と相手の間に現れる。


 まだ手札を隠していた。

 だが、これで、一つの仮説が立てられた。


「喰らえ……オートメーション……」


「アメシズクっ!」


 僕はアメシズクを放ち、それを相手——ではなく、足元へ撃ち込み、弾けさせた。


 アメシズクでは、オートメーションを相殺できない。

 ぶつけたところで打ち負けるだけだ。

 

 だから、全て生身で受けた。


 弾けた水が僕の身体を伝い、さらに足元へ広がった。


——ぽた……ぽた。


「な……」

 

——ぴちゃん……。


 僕と相手の足元が水浸しになる。

 インパクトほどの衝撃はない。

 これならまだ、耐えきれる。


 よかった。

 全身に激痛が走るだけだ。

 動けるなら。

 勝てる算段があるならば。


 痛みはどうでもいい。


 ハットの隙間から、ようやく相手の顔が見えた。

 涼しそうな顔から、つうっと汗が流れていた。


 一瞬、静かになった。


 さっき、僕が接近したとき。

 インパクトを直撃させていれば間違いなく勝っていただろう。

 なのに、ウォーターベールを選択した。

 つまり、近距離で放てない理由がある。


「……インパクト、撃てないんじゃない?」

 僕はそう聞いた。

「ッ!?」

 シリアは眉を上げ、目を見開いた。


 インパクトを近距離で放てば、自分も巻き込む。

 だから撃てなかったのだろう。

 このまま距離を離されるわけにはいかない。

「うおおおおッ!」

 魔法でも何でもなく、ただ拳を握り、精一杯の力で杖を殴り飛ばした。

 杖は相手の手から離れて宙を舞う。


「うぐっ!?」

 相手がその杖に気を取られている隙だ。

 落っこちたままの木の枝を拾い上げ、僕は枝を構える。


 相手との距離はほとんどない。

 インパクトは撃てない。

 この距離から他の遠距離魔法も間に合わない。


「う、ウォーターベールッ!」


 水の壁が僕と相手の間に再び現れる。


 これを打ち破るしかない。

 

 『あれ』以外に方法はない。


 僕はルーチェさんの剣筋を思い出す。

 鍛錬で得た僕の未完成の技。

 何度練習しても、一度も成功させられなかった剣技。


 その技名は……。


——「閃光斬」


 目を閉じ、木の枝をギュッと握り締める。  

 そして、腰に力を入れる。


 ルーチェさんなら、この会場ごと斬り裂けるのかもしれない。


 枝は白く発光する。

 今だ。

 枝を振り切った。


 鋭い斬撃音が鳴り響く。

 会場は一瞬、白い光に包まれた。


——光に遅れ、水の壁が真っ二つに斬れ落ちた。


 それだけだった。

 やっぱり、今の僕にはこれしかできない。

 でも、これでいい。

 全力で振りかざしても、誰も殺さないから。


 シリアは斬り裂かれたウォーターベールを見て動揺していた。

「今だっ!」

 その隙を逃してはいけない。

 僕は枝に全体重を乗せ、相手の腹部へ叩きつけた。

 シリアは吹き飛ぶ。

 だが、これだけでは場外に出ない。


「アメシズクッ!」


 相手を押し出すようにアメシズクを放つ。

 さらに、吹き飛ばされていく足元へ向け、軽い水魔法を撃ち続けた。


 足が震える。

 肺が押し潰されそうになる。

 自分が倒れそうになっても、ひたすら押す。


——ズザザザッ……。


 相手は場外まで押し流された。


 シリアはきょとん、とした顔をしていた。


 会場は静寂に包まれている。


 やがて、状況を理解した司会が拡大音声機を握りしめた。


「し、勝者ッ!アルズッ!」


 司会に遅れ、巨大な歓声が鳴り響く。


「おお~。流石アルズだね!見せてもらっちゃったよ」


 その歓声の中から声がした。

 僕がよく知っていて安心できる声。


「お疲れ様!」


 会場の一番手前で、尻尾を振っていた。


「あ……はは。ありが……」


 木の枝が僕の手から離れるようにして落ちると同時に、視界が真っ暗になった。

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